くどき上手



くどき上手




「びよーのたいてき」
 マグカップを片手に持ったナルトが、人差し指で眉間をぐいっと押す。
 あまりに集中していたため、近づく人影にまったく気づかなかった。いっぱしの忍びとしてそれはどうかと思うが、自室よりも長く時間を過ごす空間であることを差し引くと、それも仕方ないかと変に納得する。つまりは、それぐらい寛いでいたということだ。
「何よ、生意気」
「サクラちゃん、いつも言ってるっしょ?眉間に皺はだーめだってばよ。どしたの、難しい顔しちゃって」
「んー、料理の幅を広げようと思ってさ」
 ナルトとの顔の間に、開いたままの本をすっと割り込ませる。その表紙には、「決定版・家庭の料理百選」と記してあった。
 ちなみにサクラの料理の腕前はといえば、下手ではないが、さして上手くもない。本に記された通りに調味料を混ぜ合わせれば、それなりの味に仕上がる。それは当然だ。問題は、自分の味覚を利用した匙加減であり、母親が言うところの『一味利かせる』というヤツだ。はっきり言って、これがてんでわからない。同じ調合でも薬学ならお手の物なのだが、料理の才能はどうやら別らしい。
「参考までに聞きたいんだけど、今まで作った料理の中で、何が一番好き?」
「えー?そうだなぁ」
 野菜嫌いのナルトのことだ、たぶん肉料理を挙げるだろう。煮物はあまり得意ではないので、簡単な焼き物か、あるいは炒め物か。
「オレね、おにぎり」
「……は?」
 ぼんやり考え事をしていたサクラの顔が、途端に強張った。
「だから、おにぎり」
 バカにされているのだろうか。一瞬そんな考えが頭を過ぎるが、ナルトは大真面目な顔をしている。今まで食卓に並べてきた料理の数々が、次々と浮かんでは儚く消えていった。すべての食材に土下座をしたい気分になる。米と海苔に勝てませんでした。ごめんなさい。
「えーと、それはなんでかな?」
 怒ったところで、どうしようもない。幼児に尋ねるような口調を、無理やり捻り出した。
「七班になってさ、たまにお弁当持ってきてくれたじゃん?で、最初に食わせてもらったのが、おにぎりだったのね」
「あー、なるほどね。そういう理由で」
「最初はサスケしか食べちゃダメー食うなーって言われたんだけどさ、拝み倒してようやく解禁になったときは踊ったね、オレ。そんで、行儀悪いってサクラちゃんに叱られた」
「そう、だったかな?」
「一個食わしてもらったらさー、もうね、ぜんぜん違うの。サクラちゃんは『ただ握っただけよ』なんて言うんだけどさ、塩加減といい、握り加減といい、もう最高なのね!こんなうめえもんがこの世にあったのか!なんてさ。いやー、オレの世界が変わったね」
「そんな大げさな……」
 おにぎりひとつで、こうも持ち上げられるとは。思いもよらない展開に、少々うろたえる。
「だってオレ、こっそり真似して握ってみたけどさ、おんなじにならなかったもん。つーか、うまく握れんかった」
「それはあんた、欲張ってご飯よそり過ぎたんじゃないの?あとは、ご飯の炊き加減とか。炊飯器の性能にもよるしねぇ」
 サクラは混ぜっ返すようにそう言って、話の矛先を変えようとするも、上手くはいかない。
「そんだけじゃないって。ご飯崩れたり、飯粒潰れたり、なっかなか上手くいかないんだから。ただ握るだけじゃダメなんだって。思うんだけど、おにぎりってある意味究極の手料理じゃねえ?冷えても美味いしさー、中身次第でいろんな味になるしさー、何よりこう、両の手を使って作るってのがスバラシイよね。やっぱオレ、サクラちゃんの握ってくれたおにぎりが一番好き!」
 何をどうしたところで、返ってくるのは褒め殺し。居た堪れなくなり、顔を伏せる。
「ちょっとサクラちゃん、何突っ伏してんの?ちゃんと聞いてる?」
 むくれた声が飛んでくるが、うるさいと一蹴する。
 顔が真っ赤だ。このくどき上手め。






※アカデミーで一通り仕込まれていると思うので、それなりに料理はできるという設定にしてみた。でも、アニメの春野さんは味見という行為をしないらしい。あれはちょっとなあ。言っておくが、料理下手な女子は好きだ。たとえば芋を剥いている最中の、「今の私に声をかけないで」な背中とか。「なんでこう、人並みにもできないんだろう」とこっそり落ち込むのとか。ちょうかわいい。だが、味見もせずに誰かに食わせようとするのは、悪いがまったく萌えない。味覚が残念な場合は、まあしょうがないか。なんというか、紙一重だ。



2009/01/19