君がうんざりしても



君がうんざりしても




 好きだ、好きだ、好きだ。
 靴底が地面を踏むごとに、背後から声が聞こえる。
 ここ最近晴れ間が続いたせいだろう、歩く道は水気ひとつなく、乾燥しきっていた。舞い散る土ぼこりが鬱陶しく、恵みの雨が恋しくなる。
 好きだ、好きだ、好きだ。
 一定の間隔で聞こえてくるその声に、少し前、子供が履いていたサンダルを思い出した。靴底に簡単な仕込みが施されているのだろう、子供が歩くたび、キュッキュッと可愛らしい音が鳴るのだ。さすがに、忍者アカデミーの生徒が履いているのを見かけたことはないが、一般家庭の子供を中心にずいぶんと普及したらしい。
 好きだ、好きだ、好きだ。
 無視を決め込んだのは、自分の方だ。かなり面倒な任務を終えた帰り道で、少し気が立っていたのは認める。そして一方のナルトはといえば、場を崩すためのちょっとした軽口が、思いもよらぬ方向に逸れてしまっただけ。言ってみれば、ほんのわずかな行き違いだ。そんなつまらない齟齬が、このおかしな状況を生み出している。
 好きだ、好きだ、
「いい加減、しつこい」
 バカみたいに注がれる言葉にうんざりし、サクラはナルトの声を遮った。
「しつこくたって、言い続けんの。好きだ、好きだ、好きだ」
「そろそろやめてくれない?誰かすれ違ったら、恥かくのはアンタだけじゃないの」
「恥?恥って何。好きだ、好きだ、好きだ」
「恥ずかしいでしょ。まるで呪詛みたいに、好きだのなんだのって」
「恥ずかしくねえよ。これっぽっちも。好きだ、好きだ、好きだ」
 意固地を張る子供のように、ナルトはさらに声を大きくする。
「だから、やめろっての!」
 きっと睨みつけようと、後ろを向く。むくれた顔をしていると想像していたのだが、そんな考えは裏切られ、サクラは冷静さを取り戻した。そこにあるのは、いつになく真剣なナルトの顔だった。
「サクラちゃんが言ったんだってばよ。『あんたの好きだっていう言葉も疑わしい』って。だったら、どんだけサクラちゃんがうんざりしても、信じてもらえるまで言い続ける」
 好きだ、好きだ、好きだ。
 一体、いつから慣れてしまったんだろう。どうして、その言葉に胡坐をかくようになってしまったのか。この男が寄越してくる感情は、いつだってまっすぐで、綺麗なものなのだ。そこに疑う余地なんて、ひとつもない。
「だってさ、これしかねえもんよ、オレ。それ伝わんなくなったら、どうしたらいいのかわかんねぇ」
「ごめん、伝わってる。ちゃんと伝わってるから、」
「オレさ、サクラちゃんのこと、好きだよ」
「うん、ありがとう」
 黄金色の髪に手を伸ばすが、逆に手首を掴まれた。
「好きです」
 手首の内側、痕を残すように強く口付けられる。
「好きだ」
 泣きそうな声で言うものだから、たまらなくなり、キスを返した。






※君がどんなにうんざりしたって、好きだ、好きだ、好きだ。



2009/01/10