愛を語れ



愛を語れ




「最近、聞きませんよね」
「えと、何が、でしょうか?」
 酒のせいだろう、ひくりと喉を鳴らしながら、イルカはカカシに問いかけた。
 木ノ葉通りのはずれにあるおでん屋は、二人の他に客はない。もう日付が変わる頃だし、今日はもう店じまいなのだろう、出入口の脇に暖簾が立てかけられている。
「あいつのこと。ナルトはよくやってるのかって」
「あー、まあ、そうですかね?」
 へへ、とだらしなく笑いながら、イルカは話をまぜ返す。
「あいつもいっぱしの忍びですしね、オレがわざわざ関わることもないかな、ってね。思うわけです」
 イルカの話を聞きながら、カカシは熱燗の銚子振る。まだ少し残っているようだ。それをイルカのお猪口に注ぐと、イルカは恐縮しながらも、嬉しそうな顔でそれをくいっと煽った。よく一緒に酒を飲むアスマや紅は、まるで水を飲むかの如く喉へ流し込み、そのくせ大して酔いもしない。あれはあれなりに味わっているのだろうが、酒を飲んでいて楽しいのだろうかと、カカシは首を傾げるばかりだった。
 その点、イルカは旨そうに酒を飲む。しばし飲まれることがあるのは、ご愛嬌。あたたかな人柄もあってか、飲んでいて気楽だった。だからカカシは、時々イルカを誘って飲みに行く。せっかく里の中に居るのだから、人間らしい生活を楽しむのもいいだろう。
「前にも一度、言いましたよね?」
「なーんすかあ」
「あいつはもう、オレの部下なんですよ。親父さん、お代ここに置いとくね」
「あいよ。また来てくれなー」
 さっさと席を立ち、店の外に出ようするカカシに、イルカは慌てて荷物をまとめた。店を出たすぐのところでカカシに追いつき、その背中に問いかける。
「それ、どういう意味です?」
「どうって、言葉のとおりですよ」
「カカシさん、さっき言いましたよね。ナルトに関わらなくなったって。そして、オレも言いました。あいつはもう一人の忍びとして歩きはじめている。だから、」
 カカシはくるりと振り返り、イルカの言葉を遮る。
「あんたはもう、用済みってことですか?それとも、もう他に違う子見つけちゃった?先生、世話焼きだからねえ」
 その言葉に、イルカの表情が一変する。イルカから放たれる殺気にも似た怒りの波が、カカシの身体を襲った。これほどまでに剥き出しの感情を真正面に浴びるのは久方ぶりだった。
「あいつの代わりになる奴なんて、居るわけ無いでしょう!たとえオレの手を離れようとも、あいつはオレの大事な……ッ!」
 イルカの怒気を全く意に介さず、カカシは暢気にイルカの言葉を遮った。
「だーから、いくらでも干渉していいんですよ」
「は?え?」
「もうアカデミー生じゃないんだから、何をしようが構やしないでしょ。あいつを手放しに愛せる立場に、あなたはあるんだ。好きなようにしなさいよ」
「好きなようにって、そういうわけにはいきません」
「何よ、今さら世間体気にしてんですか?」
「そんなわけ、ないです」
 だろうね、とカカシは胸中で呟く。世間体を気にするくらいなら、とっくの昔にナルトと距離を置いているはずだ。
「じゃあさ、もういいじゃない。あいつを愛しちゃって頂戴よ」
 イルカは、口布に覆われたカカシの顔を見る。いつも飄々としているこの男は、いつだって何を考えているかわからない。それでも、じっと見る。真意を確かめたいと、探り続ける。
「あなたは……」
「はい?なんです?」
「あなたは、あいつを愛しちゃくれないんですか」
「オレはあいつの上司ですよ?そりゃー可愛い部下ですけどね、無条件に甘やかすわけにゃイカンでしょ。ケジメってヤツがありますから」
「それを言うなら、オレだって、元教師です」
「うん、そうね」
「だから、必要以上に甘やかしちゃイカンのです」
 ナルトの言う通り、頑固な性格をしている。カカシは思わず笑いたくなるが、そこをぐっと堪えた。
「あなた、怖いんでしょ。教師と教え子っていう線引きを取っ払っちゃうのが。そうだよね、怖いよね。元教師っていう肩書きをなくしちゃったら、あなたとナルトは全くの他人同士になっちゃうものね」
 痛いところをつかれた。イルカはぐっと顔をしかめる。
「心配しなさんな。あいつはね、互いの立場なんて関係なしに、あなたを必要としてますよ」
 俯きがちだったイルカの顔が、ぱっとカカシを見る。まだ迷いの見えるその表情に、イルカの生真面目さを改めて感じ取った。
「オレは、手放しであいつを愛していいんでしょうか」
「ま、いーんじゃないの?誰もなーんも言いやしないでしょ。ま、言われたところであなた、一度腹を括っちゃえば気にもならないでしょ。そういうタイプだよね」
 妙に静かになったので、さては酔いつぶれたかと思い、カカシはイルカの顔を覗き込む。イルカはといえば、受付所でも見せたことのない種類の笑みを顔全体に広げ、すぅっと大きく息を吸い込んだ。
「ナァルトォォーーー!愛してっぞーー!!」
「ちょっ!あんた、声大きすぎ!何時だと思ってんですか!」
「何時?そんなのね、クソ食らえですよ。はっはーだ!ざまぁみろ!あいつの可愛さを理解できないなんつーのはね、人生の半分以上を損してますよ!まあ?オレだけの特権と思えば?それもまたよし、みたいな?」
 今の今まで、イルカが酔っ払いだということをすっかり失念していた。イルカの背を押してやったことに後悔はないが、時と場所を選ぶべきだったと反省をする。
 帰り道、まだまだ叫び足りないのか、気を抜くと大声を出そうとするので、仕方なくカカシは瞬身の術を使ってイルカを自宅まで送り届けた。
 イルカの部屋の窓辺には、ナルトからもらったであろう植物たちが、大事そうに飾ってあった。






※イルカ先生が大好きなんです。



2010/01/21