「大丈夫、ぜってー平気」 腰にタオルを巻いた格好で、ナルトが力強く頷いた。 「いや、無理でしょう、これは。お湯、ほとんど流れちゃうって…」 その隣には、やはり身体をタオルで巻いたサクラが、顎に手を添えて真剣に悩んでいる。 ここは、ナルトが住むアパートの風呂場。湯が張られた浴槽を前に、二人は並んで立っている。昨晩交わされた約束を実行しようという、まさにその直前だった。 「やってみなきゃわかんないってば。サクラちゃん、昨日の言葉忘れちゃった?」 「忘れてはいないけど」 「けど、なんだってば」 「もし入らなかった場合、こう、なんとなくダメージが……」 指輪が入らないだとか、洋服が入らないだとか。それらとは幾分異なるのだが、この場合、そういう類のダメージと似ている。サイズのせいで、入らない。女にとってこれほど恐ろしいことはないのだ。 「じゃあ、サクラちゃんが先に入る?」 なるほど、それはいいアイデアだ。頷きかけるサクラだが、高速で回転する頭の中で、待ったの声がかかった。もし、自分が先に入るとしよう。問題は、その後だ。ナルトの性格を考える。この男、無理やりにでも入ろうとするだろう。やめろと言っても、絶対聞かない。無理をした挙句、浴槽に嵌って二人とも出られなくなる姿を想像し、途端に気分が重くなった。そんな羽目に陥るのは、なんとしても阻止したい。 「後にします。お先にどうぞ」 「んじゃ、入ります!」 まるで壷振り師のような台詞を口にして、ナルトはざばりと湯につかる。最近、また一回り身体が大きくなったようだ。浴槽を眺め倒し、残された部分を計算する。正直、あまり余裕はない。そもそも、浴槽自体が小さいのだ。もう一方が子供ならともかく、大人サイズの人間が二人も入れるようには……。 「いいお湯ですよー、入りませんかー」 暢気な声に、思考が中断される。浴槽の渕の上に両腕を組み、ナルトがサクラを見上げていた。 「わかった。入る。入ります。入ってみましょうとも。あーもう、どうなっても知らないからね!」 ほとんど自棄になりながら、そろそろと湯に足を漬ける。身体の置き場所をどうするか迷っていると、ナルトが細長い浴槽の右側に背を預け、身体をぐっとつめる。そして、広げた足の間を、ここ、と指差した。 「はいはい、そこね……」 浴槽に両足を入れて、身体を沈めてゆく。すると湯が溢れ、風呂場は軽い洪水となった。だから言ったのに。そのまま出ようとするが、ぐっと腕を引っ張られた。バランスを崩しそうになるところを、どうにかこらえる。だが、ナルトはサクラの腰に手を巻きつけると、強引に身体を浴槽の中へと引き寄せた。 「ちょっ!待っ……!」 気づけば、ナルトの腕にすっぽりと身体を包まれていた。ぶつかった衝撃が全くなかったことに驚くが、そこは忍として当たり前のことかと思いなおす。どうやら、二人揃って入ることに成功したらしい。何にせよ、よかった。大きなダメージを負わずに済んだことに、感謝する。 「ほーらあ!入ったぁ!だーから言ったじゃん!やってみないとわかんないって!」 ばしゃばしゃと嬉しそうに水音を立てる姿は、下忍時代に水遊びをした時と全く変わらない。ほっとして気が緩んでいたこともあり、懐かしいやらおかしいやらで、思いがけず笑い声が出た。 「すごいねー、入っちゃったわよ。まさかねえ、ほんとにねえ」 座る位置を調整して、肩まで浸かる。快適とはあまり言えないが、そう悪くもない。 「サクラちゃんが言うほど、小さくないんだって。他の家の風呂なんて、見たことねーけどさ。でもまあ、」 浴槽の脇をとん、と叩き、ナルトは続ける。 「昔はすっげーデカく思えたんだけどなぁ」 「あんたがおっきくなったのよ」 「うん。そうなんだろうね」 言葉の中にある含みを、サクラは聞き逃さない。何か、思うところがあるのだろう。気分が少し高揚しているせいもあり、なんだか凄く気になった。ナルトが今、何を考えているのか。 「それ以外、何かあるの?」 「んー、オレさぁ、ちっせえ頃、すげえ不思議だったんだよ。なんで、こいつってこんなデケぇのかなって」 幼い頃のナルトは、他の子供と比べて身体が小さかった。そんなナルトにとって、この浴槽はとても大きく見えたに違いない。冬の夜、湯に浸かったりしたんだろうか?小さな身体で、一人きりで。 「誰かに聞こうにも、なんとなく聞けなくてさ、ずーっとなんでだろって思ってた。んで、イルカ先生に初めて銭湯連れてってもらった時に、やっと気づいた。これはさ、自分のとーちゃんとか、かーちゃんと一緒に入るために、でかく作られてんのな」 ナルトはそこで言葉を区切ると、ばしゃりと自分の顔にお湯をかける。 「だからかなあ。オレね、大事な人ができたら、一緒に風呂入ってみたかったの。どうだっていいことなのかもしんねーけどさ、オレにとっては、夢みてぇなことだったわけよ」 オレってば、やっぱ馬鹿なのかも。 そう言って、明るく笑い飛ばす。馬鹿じゃない。馬鹿なんかじゃないよ。 言いたいけれど、言葉がでない。喉が詰まって、声にならない。 「無理言って、ほんとごめんね」 労わるようなその声に、首をぶんぶんと横に振るのが精一杯だった。泣くな、といくら言い聞かせても、涙が溢れるのを止められない。泣いているのを知られたくなくて、お湯を掬い上げたり、身体をわざと動かしたり。 本当は、ありがとう、と返したかった。 大事な人に選んでくれて、ありがとう。 一緒に夢を叶えさせてくれて、ありがとう。 生まれてきてくれて、ありがとう。 「今度、一緒に住む家はさ」 しばらく間を置いて息を整えると、明るい声をことさらに意識して、サクラが言う。 「うん?」 「お風呂、大きいとこにしよう」 「そだね、それがいいね」 「そしたら、たまーにだけど、一緒に入ってあげないこともない」 素直に言えないのが自分なのだから、これで許してほしい。甘えているな、と思いつつ、すぐ後ろの気配を探れば、嬉しそうに笑っているのがわかった。 「一人じゃできないことってさ、結構あるんだよな。最近、ようやく気づいた」 「そうよ。だから頼るし、頼られたいの」 浴槽の渕に掛けられているナルトの手を取り、甲の部分に唇をあてる。 「もっと頼っていいし、甘えていいのよ」 「これ以上、どうやって?」 身体を捻って、ナルトの顔を覗き込む。わからないのだと、瞳が言っていた。 「そっか、甘え下手だものね」 湯に浸かっているせいだろう、ナルトの額からは、汗が幾筋も流れている。サクラは親指でその一筋を拭うと、耳の後ろに手をかける。意図を察したナルトの顔が、近づいた。湯の音に重なって、違う水音が浴室に響く。 「少しぐらいの我侭は受け止めるし、意外と丈夫にできてるから、寄りかかっても平気」 「加減、できないかもよ?」 身体に巻いたタオルが、取り払われた。ずぶぬれになったそれを浴室の床に置いたのが、合図だった。何も知らなかった自分達が、こうして愛し合う方法を身につけたように、少しずつ覚えていけばいい。同じように、経験で。 湯の波打つ音と、乱れた水音に、濡れた声が重なった。 ※馬鹿馬鹿しいコメディにしようと思ったのに、私が書くとどうも湿っぽくなる。エロくもならんしな。スキルが足らない。ムズい。即物的ではなく、さりとて雰囲気に逃げることなく。そんなエロスを、私は書きたい。 2008/08/13
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