任務の道中、ヤマトが四柱家の術にて作り上げた家屋で休んでいた時のこと。
 肘あてを取り払うサクラの姿を、ナルトはなんとなく視界に入れていた。それはいつもの通りの仕草なのだが、見る角度の問題だろうか、右ひじ付近に抉ったような傷跡が残っているのが気になった。
「サクラちゃんさあ、」
「うん?」
 サクラは、髪についた額あての癖を直しながら、ナルトへ目を向ける。
「そんなとこに、傷あったんだね。肘んとこ。普段隠れてるからわかんなかった」
「ああ、この傷?別に隠すために肘あてつけてるわけじゃないんだけどねー」
 軽く曲げた肘を、目の高さに持ち上げる。その視線には、何かを慈しむような優しさが滲んでいた。何か、思い出のある傷なのだろうか。
 胡坐をかいた格好で、ナルトはサクラの傷からじーっと目を逸らさない。何も言わないが、気になってるのは明白だ。隠し立てするようなことではないし、ナルトに限ってはないだろうが、思考がマイナス面に働いてもらっても困る。
「これはね、私の勲章なの」
「勲章?」
「そ。覚えてるかな。初めての中忍試験でさ、死の森で大蛇丸の襲撃にあった時。サスケ君もナルトも眠ったまま目を覚まさなくて、自分一人で二人を守らなきゃ!って凄いプレッシャー感じてたのね」
 今まで、どれほど二人に助けられていたのか。ただ守られていただけのツケが回ってきたのだと、サクラは痛いほどわかっていた。だから、今度は自分が二人を守るのだ。一人の忍として、七班の一員として、二人には指一本触れさせない。その思いだけを、強く胸に抱いていた。
「怖くて怖くて、それでも気迫だけは負けないようにってクナイ握り締めて。そんな時に、音の忍の襲撃にあってさ。仕掛けておいたトラップなんか、すぐに見破られて。リーさんが助けに来てくれたんだれど、三対一じゃどうにもならなくて。情けないけど私、敵に捕まっちゃったのね。反撃しようにも、その時に使える術なんて、基礎中の基礎しかないからさ。敵のクナイを食らう覚悟で突っ込んだのよ。その時にできた傷が、これ」
 肘をナルトに向けて、傷跡を見せる。
「これはね、二人を守ってできた、最初の傷なのよ。二人を守ったっていう、証みたいなもの。ずっと消えないで、私の身体に残っていくの」
 辛くて厳しい、修行の二年間。この傷が、サクラの支えだった。負けたくない、もっと強くなりたい。そう願うとき、この傷に触れると、力が溢れてくる。あの一瞬、二人を守ったのは私なんだと、そしてこの先も二人を守っていくのだと、決意を新たにできた。
「だから、この傷が、私の勲章」
 そうして、サクラは愛しそうに傷跡を撫でる。その顔は、綺麗で、慈愛に溢れていて。ナルトの心臓は、一気に跳ね上がる。それほど魅力的だったのだ。この勲章が、どれほど今のサクラを支えているのか、痛いほど伝わってくる。
「……いいなあ」
「え?」
「オレ、傷作ってもすぐに消えちゃうから、証なんてちっとも残んねえ。なんか羨ましいってば」
 無意識に口から出た言葉だった。一拍置いて、ナルトは気づく。サクラは、忍であると共に、女の子なのだ。身体に傷を作るなんて、本来喜ぶべきことではないし、ましてや羨むなんて言語道断。無神経にも程がある。
「あ、あのさ!別にサクラちゃんが傷つくのがいいとかそういうんじゃなくてね?なんつーか、こう、傷じゃなくても、オレはやったんだぜ!っていう証が残るのはいいなーって!オレってば、そういうの一個も持ってねーしさ!傷を作れるってのが羨ましいわけじゃないからね?わ、わかる、かなぁ……」
 早口でまくしたてるナルトを、サクラは唖然としながら眺める。
「……怒っちゃった?」
 そう言ってナルトは、困ったようにこめかみをぽりぽりと掻いた。
「あのね、ナルト」
「は、はい」
 サクラの声に怒気は感じられない。それでも、ナルトは背筋をピンと伸ばして緊張する。
「ナルトにも、証はちゃんとあるんだよ?」
「え!それってどんなの?ちゃんと形に残るもの?オレ、今持ってる?」
 サクラの言葉が相当嬉しいらしく、舞い上がった様子でサクラに詰め寄る。
「ここにね、ちゃんとあるの」
 サクラは、とんとん、と自らの胸を軽く叩いた。
「頑張って身につけた術とか、修行の様子とか、私を守ってくれた後姿とか、私のここにね、ぜーんぶ刻まれてるから。それが、アンタの勲章。形にはできないけど、残らないものなんて、何ひとつないのよ?」
 サクラも少々強引すぎると自覚しているのだろう。静かに耳を傾けているナルトの様子を伺う。
「……というわけには、いかないかな?」
 あはは、と笑い飛ばそうとするが、ナルトの顔つきは真剣なままだ。間が持たない。
「あのさー、サクラちゃん」
「えっと、何、かな」
「その勲章ってやつ、ほんとにあるのか触ってみてもいいすかね」
「さわ……こぉのバカナルトがー!」
 ごん、と重い拳骨をひとつ食らい、ナルトは床にたたきつけられる。
「ぶほっ!」
 油断も隙もあったもんじゃない。ぶつぶつと文句の言葉を呟きながら、サクラは大股で部屋を出て行った。ナルトは、そんなサクラを横目にごろりと大の字に寝転がる。
「オレの傷、ちゃんとあるんだ」
 証はすべて、サクラの心に刻まれている。
「ちゃんと、あるんだ」
 もう一度、噛み締めるように口にする。
 そして、えへへ、と嬉しそうに笑った。






※春野さんが傷を負ったシーンですが、説明しすぎるのもアレなので微妙に変えてます。クナイ、四箇所食らってるジャン、という突っ込みは聞こえません。アーアー。聞こえません。




2008/07/29