冬の夜に温



冬の夜に温




 ふと掛けられた声に顔を上げると、随分と長い間、椅子に座ったままであることに気づいた。机の上に雑誌を広げているが、内容はまったくと言っていいほど頭に入っていない。ただ、あてどなく思考を巡らせていた。
「ごめん、聞いてなかった。何て言ったの?」
 ナルトは、ベッドの縁に背を寄せて、巻物やら資料やらを床に広げている。サクラが一人ぼうっとしているのに気づいて、あえて放っておいてくれたのかもしれない。
「今日泊まってく?って聞いたんだけど……」
「あー、もう遅くなっちゃったね」
 夕飯の片付けはとうに済ませてあるし、あとは寝るだけ。しかし、泊まるのはどうなんだろう。一緒に居たいけれど、帰った方がいいのかもしれない。そんなサクラの逡巡を、ナルトは見逃さなかった。
「ねえ、サクラちゃん」
 資料の束を横にやると、ナルトは両足の間をぽんと叩く。だが、サクラは動かない。
「いいから、ここ、ここ」
 椅子から立ちあがると、誘導されるまま床に腰を落とし、ナルトの身体に背を預ける。腰にゆるく腕が捲かれ、サクラの肩にナルトの頭が落ちてきた。何を話すわけでもなく、身動きすらせず。身体を包む体温に、意識を向けた。
「あったかいっしょ」
「うん」
「サクラちゃんも、すげえあったかい」
「そう?」
「うん、そう」
 そしてナルトは、サクラをさらに抱き寄せた。そこでサクラは確信する。ナルトは気づいているのだ。サクラの心が酷く沈んでいることに。
「生きててよかったなーって、そう思うよ」
 耳元の声と温もりが、疲れた心にじんわりと染み渡った。
 「命」を扱う現場で、日々は忙しなく流れていく。医療忍者としての使命を忘れたことなど、ひと時もない。しかし、ふとした瞬間、とある疑問が胸の内を過ぎるのだ。一人でも多くの忍を救うため、医療忍者は他の忍より丁重に扱われる。そんな傾向に、サクラはどうしても折り合いをつけられずにいた。そもそも、命に重いも軽いもない。だとすれば、己の命は一体何なのだろうか。果たして、己は何のために、生きるのか。
 こなした任務のせいだろう、今日はひときわ酷くその疑問に囚われていた。袋小路に迷い込み、出口の光すら見つからない。そこへ人肌の温もりがすっと入り込んできた。ナルトの指が髪を梳き、耳の裏に唇をそっと押しあてる。次々と落とされる口付けは、どれも柔らかく、大切なのだという気持ちが痛いほどに伝わってきた。
 ベッドに横たわってからもそれは変わることなく、服を脱がせる手つきさえ、いつもと違う。あますところなく唇を寄せ、手を這わせ、指で愛撫する。普段なら攻め立てられる箇所も、心地良さしか感じない。与えられる感覚に、どこまでも酔いしれた。
 ナルトが、中に入ってくる。激しく突かれることもなく、互いの感触を確かめ合うように最奥までたどり着くと、二人黙って抱き合う。閉じたまぶたから、なぜか涙が一筋こぼれた。繋がったまま、気の済むまで肌を合わせて、降って来る口付けを全部受け止めて、指を絡めて。この夜、初めて深く口付けると、それだけで達してしまいそうな気がした。激しく求められたり、性急に追い詰められたり、互いに貪り合ったり。そんな夜は数あれど、ここまで優しくされるなんて、覚えがない。きっと、一生忘れられないだろう。それほどまでに、この夜は特別だった。
 そうして二人は、ゆるゆると昇りつめ、やがて果てた。




「ねえ」
「ん?どしたの?」
 腰を抱くナルトの手に指を絡めて、サクラは尋ねる。
「今日は、なんでこんな優しいの?」
 サクラの髪に埋めていた顔を離すと、なだらかな肩に頬を寄せた。
「んー?サクラちゃんが落ち込んでる時はねぇ、優しくするって決めてたの。ずっと前から。オレがダメダメな時はさ、サクラちゃんってばすんげえ甘やかしてくれるから、そのお返し」
「こんな風に抱かれるの、初めて。びっくりした」
「びっくりしただけ?」
 拗ねたような口調が可愛くて、身体を反転させる。向かい合ったナルトの額に自分のそれをこつりとくっつけた。
「うまく言えないけど……なんていうのかな、凄く、満たされた」
「ホント?なんたってオレ、めちゃくちゃ頑張ったからなー」
「こんなに優しく抱いてもらえるんなら、ずっと落ち込んだままでいいかも」
「サ、サクラちゃーん、それはさあ〜」
「ウソウソ。ちゃんと戻ったよ。ありがとね」
 疑問は今なお、氷解することなく胸の中にある。医療忍者として生きる限り、きっとサクラは幾度となく自分を追い詰めるだろう。出口のない問答に心を乱されることだろう。だが、それすらも抱えて生きなくてはならないのだ。そう、この人と、生きていく。それだけは、はっきりと言い切れる確かなことだった。
「ナルトのおかげ」
「サクラちゃんは、オレが支えるんだもん。当然のことだってば」
 自信さえ漲らせて、ナルトは、にっと笑う。
「当然のことなんかじゃないよ。お礼、しないとね」
「お礼?一楽ラーメンおごりでいいってばよ。全部入りでね」
 そんなナルトの軽口は、サクラの発した次の言葉で跡形もなく吹き飛んだ。
「今度する時は、ナルトの好きにしていいよ」
 上目遣いで、ナルトの頬を撫でる。すると、その顔はたちまちに熱を帯び、マ、マジで?とひっくり返った声を出す。
「ちょっと激しめでも可」
 首筋に抱きついてくるサクラをそのまま押し倒したくなるが、今日は優しくすると言ったばかりだ。こらえ性のない男だなんて、何があっても思われたくはない。
「……明日の朝、は?」
「何言ってんの。任務があるんだから、ダメに決まってるでしょ」
「じゃあ、夜」
「んー。まあ、いっか」
「いよっしゃ!明日の任務、オレってばスゲー頑張っちゃうもんね!帰ったら、一緒に風呂入る!んでもって、朝までコース!」
「一緒にって、あの狭いお風呂に!?アンタ、バカじゃないの?」
「狭いからこそやり甲斐があるんでしょーよ。もう決めちゃった!絶対譲んないよー」
 そうだった、こういう性格だったのだ、この男は。調子に乗らせれば、とことん乗りまくるお調子者。早くも後悔が首をもたげるものの、数時間前と比べて考えられないほど浮上した心が、それを打ち消す。そのぐらい、今日は感動をしたのだ。ナルトから与えられるものなら、何だって受け入れられる。この日の感触と、優しい温度を思い出せば、乗り越えられないことなど、何ひとつない。
「怪我して入院、なんてことになったら、延期しないからね」
 たちまちこの世の終わりみたいな悲鳴をあげるのだから、おかしさがこみ上げてくる。
 任務のためにも、もう寝よう。明日の朝陽は、一体どんな風にこの瞳に映るだろうか。サクラはそれを密かに楽しみにしつつ、乱れた布団をざっと整える。
 そして二人は布団にくるまり、朝がくるまでじっと抱き合った。






※雰囲気エロです。タイトルに悩んで、アップが遅くなった。さんざん悩んだ結果、夏目雅子さんの俳句より拝借。毎度思うんだが、タイトル考えるのに時間取られるなら、全部無題でいいじゃないの。ほんとさー、センスねんだってー。




2008/07/13