里の灯



里の灯




 夏祭りって、行ったことないんですよね。
 うどん屋で一緒にお昼を食べていた時の、そんな何気ない一言が気になって、だったら一緒に行ってみませんか?と誘ってみた。最初は驚いていたが、すぐに「いいですね!」と子供みたいな笑顔が返ってきて、随分救われたのを覚えている。人を誘うことにはあまり慣れていないので、答えが返ってくるまでの数秒がとても長く思えた。
 その日の午後、祭りの日に休みが欲しいと申請したところ、綱手はピンときたのだろう、一張羅用意してやるからガツンと一発キメてきな!と言い放ち、書類をさっさと片付けてシズネを連れまわした。この集中力を日頃から発揮してくれないだろうか。そんなことをこっそりと思いつつも、買い物の時間を楽しんでしまったのは、やはり自分が女だからだろうか。
「とはいえ、気合入れすぎても引くよねえ」
 待ち合わせの場所への道をとぼとぼと歩きながら、シズネはひとりごちる。浴衣、帯、帯留め、足袋に下駄に巾着。上から下まで、すべて綱手が見立てた。比較的安価な浴衣ではあるが、火影の財力を惜しみなくつぎ込んだ結果、考えると頭が痛くなるほどの金額となった。藍染めの小紋は見た目にも上品で、着心地は抜群。値段がいいと、何もかもが違うものだ。下世話なことを考えてしまう頭を、ぶんぶんと振る。
 少し早すぎたか、と思っていたのだが、着流し姿のヤマトが袖に手を突っ込んで立っていた。その数メートル先で、子供たちががやがやと騒いでいる。祭りに浮かれているその様子を危ういと思っているのだろう、ヤマトはじっと彼らを見守っていた。その立ち姿は、細身ながらも体格がいいからだろう、様になっている。絵になるなあ、と思いながら、早足で急いだ。
「すみません、待ちましたか?」
 ヤマトの横顔に、声を掛ける。シズネの姿を認めるなり、ヤマトの目がぐっと見開いた。これは、もしや引いたか。綱手への恨み言を胸中で連ねていると、
「いいですね」
「え?」
「驚きました。とても似合います。うん、凄くいい。」
「面と向かってそうはっきり言われると、なんだか照れますね」
「いや、でも本当にお似合いですよ。見惚れました」
 だから、照れると言っているのに。このヤマトという人は実直なのだろう、言葉に飾りがない。偽りのない本音なのだとわかるだけに、どうにも照れくさいのだ。
「結構いろんなお店が出てるんですね」
 真っ赤になった顔を見られぬよう、周囲に目を向け、それとなく話をそらす。
「ナルトに吹き込まれたとおりです。目移りしますよ」
「へえ、なんて言ってました?」
「まずは粉物で腹を膨らましてから、射的と金魚すくいに型抜き。腹ごなしが完了したらりんご飴やらわた飴やらを頬張りながら気になる出店を冷やかして、最後は花火鑑賞でシメ。だそうです」
「王道ですねー」
「そういうもんですか?」
「それだけ押さえれば、バッチリですよ。ということは、ナルト君も来てるんですかね?」
 確か、今日はサクラも午後休を取っているはずだ。弟子共が休暇の分、こっちは穴埋めに働くよ、なんて二人揃って綱手に突付かれた。その言葉には乾いた笑いを浮かべるほかなく、シズネもサクラも弱り果てたものだ。
「ええ、多分。警備は違う班が担当ですし、ボクらはオフです。来ない理由はないでしょ」
 幼い頃ならいざ知らず、今のナルトにはいい仲間がたくさんいる。一人寂しく過ごす理由はないのだ。なんだか嬉しくなるのはヤマトも一緒のようで、顔を見合わせて笑うと、人ごみの中へと進んでいった。



「足、大丈夫ですか?」
 金魚の入ったビニール袋を左手にぶらつかせながら、ヤマトが尋ねた。気づけば、なんだかんだと小一時間以上は歩き続けている。慣れない下駄では足が辛いと思ったのだろう、首を振ると、シズネはこう返す。
「はい、大丈夫ですよ。この下駄、歩きやすいんです」
 するとヤマトは、困ったように笑う。なるほど、そういう意味だったか。
「……すみません、全く気づきませんで」
 すっと手を差し出すと、ヤマトはますます弱り顔になった。
「いえ。きっかけがなけりゃ手も繋げないってのは、我ながら情けないです」
 お互い照れ笑いを浮かべて、手を繋ぐ。
「もうすぐ花火ですね。実は、穴場があるんですよ。行ってみます?」
「いいですね。そういうの、全然知らないんで……」
 夏祭りに来るのがはじめてなのだから、知らないのが当たり前。ヤマトの手を引くと、目的の場所までゆっくり歩を進めた。
 花火の爆ぜる大きな音が聞こえはじめた頃、目の前がばっと開けた。ゆるやかな坂道を登ったその先、こぢんまりとした場所が拓けている。ベンチはないが、ちょうど腰丈ほどの岩が並んでおり、そこに座れば里の景色が一望できた。ビニール袋に詰めた缶ビールを岩の上に置いて、二人は腰掛ける。
「ここは、確かに穴場ですね」
「まだ小さかった頃、叔父上と綱手さまに連れられて、ここで一緒に花火を見たんです。ちゃんと場所が残っていることは確かめてたんですが、なにせ昼間でしたので。花火が見られるのか心配だったんですけど、ちゃんと見えますね。よかった!」
「へえ……綺麗に見えるもんだなあ」
「そうだ、ぬるくならないうちにビール飲んじゃいましょうか」
 空から目が離せない様子のヤマトに、ビールの缶を手渡す。物珍しそうな横顔は、常より幼く見えた。プルトップに手をかけて、くっと一口。なんだかいつもより美味しく感じられる。花火を見ながら、片手にビール。隣には想い人が座っているし、言うことはない。とても贅沢な時間を過ごしていることを実感し、シズネはこっそりと笑った。
 楽しい時間ほど、過ぎるのは早い。何やかやと話しているうちに、打ち上げ花火も予定をほぼ消化したようだ。残るのは、あと数発。
「ひとつ、変なことを聞いてもいいですか?」
「ええ、内容にもよりますけど」
「あはは、そりゃそうだ」
 缶ビールのプルトップを開けながら、ヤマトは続ける。缶から空気の抜ける独特の音が、花火の残響に重なった。
「この里に戻ってきた時、帰ってきたっていう実感はありましたか?」
「えっと、それはどういう……」
「ボクの場合なんですけどね、長期遠征に出てこの里へ戻ってくると、時々、この里が全く知らない場所に思えるときがあるんです。ここは木ノ葉の里なんだろうか、なんてね。元々ボクの居場所なんてのは限られたところにしかないんですけど、だからなのかな、迷子になったみたいで、不安定になるんですよね」
 オレンジと赤と青。花火の灯りに照らされるヤマトの顔は、どこか寂しげで、心もとない。
「この里に帰ってきた時のこと、よく覚えてます」
 少しぬるくなったビールを喉に流し込むと、あの日のことを脳裏に描く。
「里の門をくぐって、最初に目に入ってきたのは、知らない建物ばかりでした」
 思いがけず、足が止まった。竦んだ、と言ってもいいかもしれない。ここは、本当に木ノ葉隠れの里だろうか。ここまで訪ねた色んな街の景色が次々と蘇り、知っているはずの里の姿を余計にわからなくさせた。
「叔父上と一緒に通った図書館は壁が修理されてすっかり綺麗になってましたし、よく遊んだ公園は空き地になってました。どこへ行っても知らない街角ばかりで……そういえば、綱手さまと最初に出会った場所もなくなってたなあ。十年以上経ってますから、仕方ないことなんですけどね」
 肩を竦めて笑うと、ヤマトはなんともいえない表情を見せた。だが、話にはまだ続きがある。
「しばらくずーっと手持ち無沙汰にしていたんですが、ある日、綱手さまに看破されまして。『帰る場所くらい自分で作れ!』って、怒鳴られました」
「手厳しいなあ、五代目は」
「だから決めたんです。里の灯りが見えたら、そこが帰る場所。私は、そこを目指して帰るんです」
「へえ」
「子供だましかもしれませんが、案外ききますよ?真っ暗な森を抜けて、灯りが見えてくると、ほっとするっていうか。帰ってきたんだなって実感できるようになりました」
「帰る場所、か。じゃあ、ボクも作ってみるかなあ」
 散った残り火がゆるゆると落ちるのを見届けながら、ヤマトは首を捻る。
「ああ、そうか」
 何か思いついたのだろう、ぼんやりとしたヤマトの声が届いた。続く言葉に、心臓が撥ねる。
「あなたのところがいいです。今度からは、あなたの隣を目指して帰ることにします」
「私、ですか」
「はい」
 シズネの瞳をじいっと覗き込み、大きく頷く。その表情に、下心は一切見えなかった。天然のくどき上手か、この人は。
「どうせなら、具体的な方がいいでしょう?そうだ、それがいい。そうしよう」
 一人満足げなヤマトだが、これには重大な欠点がある。お互い任務が入っていてすれ違った場合はどうなるのか。その点を問いただそうとしたが、ヤマトの顔にあった不安定さがすっかり消えていることに気づき、やめておいた。今は、目の前の花火を楽しむことにしよう。花火は佳境に入り、間髪入れず次々と空へ上がる。最後の一発が空に消えると、わあっと盛大な拍手が里を包んだ。
「来年も、ここで見られるといいですね」
 握り合ったその手は、離れない。






※少し早いけど夏祭り。七夕だし、まあいいじゃない。思えば私は、ヤマちゃんとシズネさんが好きすぎるね。ヤマちゃんはすげえカワイイ人だと思うんだ。シズネさんは言わずもがな。つーか、普通にデキちゃっててごめーんね。七夕だし、まあいいじゃない(二度目)



2008/07/07