不器用な私たちは、恋のはじめ方を知らない



不器用な私たちは、恋のはじめ方を知らない




「あれ、サスケ君?うわっ、もうそんな時間か!」
 少し休憩するはずが、思いのほか風が気持ちよくて長居してしまったらしい。屋上の柵から身を離し、腕時計を見る。約束の時間から、二十分ほど経っていた。
「ごめんね?すぐ診るから」
「いや、いい。里に戻ってきてから、ロクに休んでねえんだ。カカシんとこ先に寄ってきたが、これが意外と時間食ってな。一服してもいいか?」
 サクラの傍に腰を下ろすと、サスケはポケットから煙草の箱を取り出した。屋上に転がっている灰皿用の空き缶を足元に寄せると、ライターに火を点す。
 煙の行方に気を使って、座る場所はもちろん風下。こういう気遣いを、いつもさりげなくしてくれる。昔と変わらない、優しい人なのだ。
「本数制限、ちゃんと守ってる?」
「酒も煙草も、やめるつもりはねえんだよ。しっかり守るさ」
 口に咥えた煙草をぶらぶらと揺らせながら、サスケが言う。
「主治医としては、やめてくれると嬉しいんだけどね」
「悪いが、あの野郎がいる限り無理だな」
「どういう意味?」
 サクラの質問に、サスケはニヤリと不敵に笑うと、煙草を差し挟んだ手を掲げてみせる。
「なにせ、これを吸ってる時の野郎のツラが面白くてな」
「ナルト、お酒も煙草もダメだもんねえ」
 酒を飲むとすぐに寝てしまうし、煙草は身体に合わないらしい。サスケがどちらも嗜んでいることを、ナルトは密かに羨んでいる。サスケばっかりずるいってばよ、とこっそり愚痴っているのを、サクラはしばしば聞いていた。ちなみにサクラはといえば、煙草はやらないものの、師匠譲りなのか酒にはべらぼうに強い。これもまたナルトにとっては面白くないらしく、うまそうに酒を飲むサスケとサクラをじいっと眺めるのが常だった。
「カカシが、今夜メシでも一緒にどうか、だとさ」
「へえ、ナルトは?」
「了承済みらしい。オレらが行かなかったら、一楽直行だな、あれは」
「あー、もうっ!ラーメンばっかり食べさせるわけにはいかないじゃないの!全部読まれてるみたいで悔しくなるわ」
「カカシは昔っからああだ。あきらめろ」
 ふーっと煙を吹きだすと、サスケはぼんやりと空を見つめる。その瞳に、一体何が映っているのか。どんなに目をこらしても見ることは叶わない。それが、哀しくて、寂しい。
「髪」
「うん?」
「だいぶ伸びたな」
「うーん、そっかな」
 人差し指と中指で、毛先をつまむ。ずっと短く切ってきたが、今は確かに肩口に触れるほど長くなっていた。
「願掛けか何かか?」
 意外と鋭い。返答に詰まるが、嘘をついても仕方ない。成り行きに任せることにする。
「まあ、そんなもんかな」
「叶うといいな」
 ぼんやりとした声が届いた。その一言に、思わず泣きそうになる。
 あなたが幸せになる日が、どうかやって来ますように。
 そんな願いをこめているのだと知ったら、彼はどうするだろうか。さっさと切っちまえ、とぶっきらぼうに言い捨てるか。あるいは、哀しそうに笑うだろうか。
「本心だぞ、一応」
 沈黙をいぶかしんだのだろう、サスケは居住まい悪そうにそんなことを言う。サクラは沈んだ表情をさっと取り払うと、わかってる、と小さく笑った。
 今までずっと、自分のことだけを考えて生きてきた。これからは、里のために生きるさ。
 木ノ葉ベストをはじめて身に着けた時、サスケが口にした言葉だ。サクラは返す言葉を持たず、その横顔を見つめることしかできなかった。同胞に刃を向けた罪は、何をもってしても消すことはできない。自分の幸せなんて、これっぽっちも願ってないのだ、この人は。
 ああ、だめだ、本当に泣きそうだ。
「休憩おわり。行くよ、サスケ君!」
 何かを振り切るように大きな声を出すと、サクラは屋上の出入り口に足を向ける。
「もう一本」
「だーめ。ただでさえ時間押してるんだから。早く行くよー」
 サスケは渋々といった様子で空き缶の中へ煙草を落とす。足音が、続いて聞こえた。涙の気配がようやく消えたところで、今夜の夕食はどこで食べるか、話し合う。そのうちに、サスケの顔がほんの少し穏やかになるのを見て、サクラはまた、泣きたくなった。
 





※もしサスサクをやるなら、遠回りをしまくった挙句、晩婚という形がいいなあと思います。一部での「別れ」で時間が止まっちゃってる感じね。



2008/06/30