「十本の指、なあ」 むぅ、と唸りながら、カンクロウは広げた両の手をじっと見つめる。 「基本的なことを聞くが、傀儡自体の動きに変わりはあったか?」 テマリの問いかけに、サクラは首を振った。 「いえ、まったく。どの傀儡も、まるで生きているかのように動いていました。一体ごとに使用する武器も違いましたし、術の発動も確認してます」 「だとさ」 「十体、ねえ。話にゃ聞いていたが、実際んとこ眉唾だと思ってたじゃん」 「お前、最大で何体動かせるんだ?」 ソファに深く凭れかけていた身体を起こし、テマリが尋ねる。カンクロウは依然として眉根にシワを寄せたままだ。話が進むに従って、そのシワはどんどん深くなっていく。 「ギリで五体。しかも、両手使って」 「なんだ、そのギリってのは」 「四体超えると、どうしても動きが緩慢になるんだよ。一体一体への集中力が一気に落ちる。だから、戦闘中にオレが扱えるのは、三体が限度」 「集中力と注意力が足りないのは元からだろう。ついでに思慮にも欠ける」 「失礼な奴だな。しかも余計なもんくっついてんじゃねえか」 「何か、お役に立ちそうですか?」 険悪になりそうな空気をかいくぐって、サクラはそう尋ねた。赤砂のサソリ相手に、チヨバアはどう闘ったのか。できれば詳しく教えてほしい。そう請われて、サクラは客間に呼ばれているのだ。とうに隠居の身となったチヨは、下の世代への教育には関わっておらず、カンクロウはチヨの戦闘どころか、傀儡を扱っている姿すら目にしたことがないという。 「ああ、話を聞くだけでだいぶ参考になるじゃんよ。チヨバアが現役だった頃の傀儡師は、もう残ってないからな。助かるじゃん」 「神業だったという話だけは、いやというほど伝わっているんだがな。一人で城をひとつ落としたとか」 「それは事実みたいです。サソリが言ってました。それを可能にしたのが、十機近松の集だとか」 「名前だけは聞いたことあるじゃんよ。実物は……もう壊されてんだよな。一度拝んでみたかったじゃん」 「それ以外に、気になったことはあるか?」 話していないことは、あとなんだろうか。頭の中で、一つずつ片付けていく。傀儡についての知識を全く持たないサクラにとって、カンクロウが聞きたいことというのは一体どういった質のことなのか、予想するのが難しい。だが、最後に残っているのは、あの話だった。当然のことかもしれないが、念のため伝えておくことにする。 「そうですね、あとは……もしご存知だったらすみません。チャクラ糸っていうんですか?あれで、人体も動かせるようです」 「人の身体をか?」 「おいおい、マジかよ」 テマリはともかく、カンクロウまでもが驚いている。チヨがあまりにも簡単にやってのけたので、傀儡師なら誰でもできるものだと思っていたのに。やはり、口に出してみなければわからない。 「三代目風影様の傀儡と戦闘になった時、私はチヨバアさまの傀儡として動きましたから」 「おい、カンクロウ。そんなことできるのか」 「理論上は、できる。だが、筋繊維ひとつひとつに神経を集中しなきゃなんねぇから、ムチャクチャ疲れるはずだ。想像はつくだろうが、からくりとは違って人体の構造ってのはかなり複雑だからな。チャクラ糸も普通のものとは違う性質なんだろうし……チヨバア以外にできる奴いねえんじゃねえか?少なくとも、今の砂にはいない」 「噂通りの神業か……」 深く深く息を吐くと、場はしんと静まる。 「なあ、姉貴」 「断る」 「なんだよ!まだ何も言ってねえじゃんかよ!」 「実験台になれってんだろ?冗談じゃない。お前に身体を操られるなど、不愉快極まりない」 「なっ!そこまで言わなくても……弟の頼みなんだしさあ」 「まだ頼まれてもいないんだがな」 くそ、と毒づくと、カンクロウは殊勝にも頭を下げる。 「試させてください。お願いします」 「願い下げだ」 「あー、もう!なんだよ!金か!金の問題か!」 「何でそう意地汚い方向に走るんだ!頼まれても嫌なものは嫌なんだよ!」 「くっそう……じゃあいいよ。他をあたるから」 「我愛羅はダメだぞ」 「んあ?」 「お前の交友関係などたかが知れている。こういう頼みを聞いてくれるのは我愛羅ぐらいしかいないだろう。あいつもなあ、心を許した相手にはどうも甘いところがある……」 砂の我愛羅が甘い。そんな言葉を聞ける日が来るとは思わなかった。テマリの顔をそれとなく見てみると、弟のことを真剣に思っていることがわかった。いつぞやの中忍試験からは想像もできない。今回の一件といい、風影は本当に愛されているのだろう。これは喜ぶべきことなのだ。 「オレにも心当たりぐらいあるじゃん!」 「前にも言ったろう、傀儡ばかりにのめりこむと、友達なくすって」 「だーから人の話を聞けっての!」 そうして二人は、容赦ない舌戦に突入した。一人っ子のサクラにはわからないが、こういう喧嘩は姉弟ならではなのだろう。最初のうちこそ微笑ましく見ていたが、時間が経つとそれもいい加減辛くなってきた。ここは自分の出番だろう。不安がないわけではないが、一度は経験したことだ。 「あのう、私でよければお手伝いしますけど?」 「「へ?」」 「あの時の感覚はまだ残ってますし、お役に立てるかと思いますが」 「いやいやいや、ダメだろう。お役に立つとか立たないとかそういう問題じゃないって。アンタにはさんざん世話になってるわけだから、これ以上迷惑かけるわけにはいかないじゃん」 「そうだぞ、サクラ。後悔するのは目に見えている。リスクは山積みのくせに、いいことなんて何ひとつない」 「こいつの言い草は腹立つが、確かにその通りだ。気持ちは嬉しいが、やめておけ」 「その通りって、お前……全く自信がないくせに、人を実験台にしようとしたのか……」 テマリがゆらりと立ち上がる。顔が本気だ。怖い。 「は?え?ええっ!?」 気迫に圧倒されたのだろう、話せばわかる!とわめきながら、カンクロウは部屋を出ていった。 「すまない、サクラ。とっ捕まえてくるから、ちょっと待っててくれ」 「あの、テマリさん!」 窓の外を見れば、ガイ班とナルトが何やら楽しそうに歩いているのが見えた。 一体、いつまで待てばいいのだろうか。 ため息が、床に落ちた。 ※エビゾウじいさまは傀儡師じゃないと思う。だから、チヨバアさまの戦闘のことはサッパリ。と思いねえ。 2008/06/19
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