風、疾る



風、疾る




「くっそ!間に合えよ!」
 赤丸の足をもってしても、現場へ到着するまでには数分を要するはず。過ぎてゆく一秒一秒に、キバはひどく焦れた。ネジの指示によると、急襲を受けた集団は、忍になってまだ陽も浅い下忍で、相手はあの雨隠れだという。よりにもよって、一番性質の悪い奴らに捕まるとは。運が悪いとしか言いようがない。
 匂いを追って、なおも赤丸は駆ける。突き出た枝ぶりが、キバの右頬を引っ掻いた。薄皮を突き破って血が滲むが、そんなものに構ってはいられない。
「ん?どうした?赤丸」
 枝の上、立ち止まった赤丸に、小声で囁いた。周囲をぐるりと見渡す。匂いは、六種類。手裏剣を弾く金属音が、耳に届く。得物はクナイだ。金属音を頼りに、キバは目をじっと凝らす。
「……こりゃ本格的にまじぃな」
 目の前に広がる光景に、息を呑んだ。木ノ葉の額あてをしている忍が四人、殺し合いをしている。目がうつろなことから、幻術に掛けられていることは明らかだった。こういった趣味の悪い幻術は、雨隠れの十八番だ。自分の手を汚さず、どれだけ効率的に任務を遂行するか。その手段に長けているのだ。
 キバには、幻術スキルがほとんどない。幻術のエキスパートである紅からは、敵が幻術の使い手だとわかった場合、頼りの嗅覚を奪われる前に必ず引けと教え込まれていた。このまま敵陣に突っ込めば、みすみす罠に嵌りにいくようなものだろう。赤丸と二手に分かれて、敵を潰すのが先だ。気配を消して、背後に回る。敵を倒せば、幻術も解けるはずだ。
「よし、赤丸。お前は右方向の奴を狙え。オレは左の奴を落とす」
 算段の途中、キバは下忍の動きに目を奪われる。あれは、火遁の印だ。
「いっちょ前に忍術使う気かよ!時間がねえ!行くぞ!」
 緋色の風が一陣、駆け抜けた。
「らぁぁぁ!!」
 その影は、寅の印を結んだ下忍を前方にぶん投げるやいなや、二時方向の樹木をなぎ倒し、続いて四時方向に起爆札の雨を降らせる。二箇所とも、ちょうど匂いを感じていた方角だ。木が倒れる轟音に遅れて、雨隠れの忍が二人、地面に落ちる。倒れた身体はピクリとも動かない。気を失っているらしい。
 すべては、一瞬の出来事だった。
「なんだあれ」
 戦場だというにも関わらず、キバは呆けた声をこぼしてその場に立ち尽くすばかりだった。影の正体、春野サクラは、敵二名をワイヤーで縛り上げると、今度は投げ飛ばした下忍の元へ駆け寄る。残りの三人は幻術が解けたようで、ぐったりとその場に崩れ落ちた。止めに入るタイミングがあと少し遅れていたら、三人とも命を落としていたかもしれない。
 しばらく呆けていたキバだが、やがて敵を拘束すべく現場に向かう。普段は気軽に「サクラ」と呼んでいるのだが、この時ばかりは「春野さん」と敬称つきで呼んでしまうキバを前に、サクラは首を傾げるばかりだった。





「……てなことがあったわけよ」
「さっすがサクラちゃん。かぁっこいー!」
 一楽のカウンターにて、ラーメンを啜りながらナルトが感嘆の声をあげる。その能天気な横顔を眺めながら、何を暢気な、とキバは息を吐く。
「お前さあ、あいつと痴話喧嘩になったら、絶対折れろよ」
「喧嘩なんかしないってばよ」
「嘘つけよ。てめえとサクラが機嫌悪そうに歩いてるの、何度か見たぞ」
「あー、そういや前に、浮気したら本気で一発ぶん殴るって言われたなあ」
「本気でかよ」
 顔をしかめるキバに、ナルトは割り箸を突きつける。
「でもよ、ちゃーんと治してくれるってさ」
「治るような怪我で済んだらいいんだけどな……。大体さあ、あいつの本気でどんなんよ。それ、生きて戻れたらの話だろ?つーか、即死じゃねえ?」
「おい、キバ」
 ナルトは声を潜めて、肘で小突く。その小心な様子が、さらにキバの語りを熱くさせる。
「お前ね、そういう態度が女を調子に乗らせんだぞ?誰が聞いてるわけでもなし。言いたいことも言えねぇっつうのは、男の沽券に関わるんだよ。もっとこう、ガツンと」
「ふぅん、ガツン、とねえ」
 いきなり現れた緋色の影に、キバは表情をなくす。忍なら、気配を消すなど造作もないこと。気づかない己が悪いのか、はたまた。「お前、気づいてたのか」と唇の動きだけで隣のナルトに問いかける。
「あ、サクラちゃん。ちょうどお昼の時間?」
「キバくん、ちょっと話があるんだけど、いいかな」
 ナルトの言葉をサックリ無視すると、綺麗な笑顔を浮かべて、穏やかに言う。
「ねーねー、サクラちゃーん。なんなら今から、オレとデート……」
「ごめんね、ナルト。こいつと話があるから、また今度ね」
 ぐいっとキバの襟首を掴んで、指をさす。
「ここだと迷惑になるし、外出よっか」
「いや、自分、まだ昼食の途中でして、」
「出るよね?」
「あ、ハイ、なるべく手短にしてもらえると嬉しいなあ」
 主人の危機だというのに、赤丸はどこ吹く風、テウチから貰ったチャーシューを美味そうに頬張っていたという。






※ワイルドな春野さんが大好きです。男前!



2008/05/13