花とみつばち



   七.


 任務の入っていない日、実家の手伝いをするか完全な休日にするか、いのはそのどちらかを選択することになる。自分の時間が少なくなる、と最初こそ店番を渋っていたが、最近はそんなこともなくなった。いのは、忍稼業と花屋の二重生活が気に入っているのだ。医療忍者として修行を重ねるうち、死はどんどんと身近に迫りつつある。そんな中、花に触れることで、バランスを取っている。そんな気さえする。父が頑なまでに兼業を貫き通す理由が、今ならわかる。忍として生きる限り、きっと自分は花屋の店先に立ち続けるだろう。それは、ほとんど確信に近かった。
「さぁてと、今日も商売、商売」
 開店準備を終えたいのは、店先で大きな伸びをする。
 その時、ピイとひときわ高く鳥が鳴いた。まさか、と思って空を見れば、呼び出し用の鳥が上空を旋回している。父は任務に出ているし、間違いなくいの本人への呼び出しだろう。緊急の呼び出しとは珍しいこともあるものだと思いながら、いのはエプロンを外す。
「おかーさーん。ごめん、任務入ったわ。お店、お願いねー」
 こうして看板娘は一路、火影屋敷へと向かった。





「休みのところすまないな」
 五代目火影は、忙しげに動かしていた手を止めて、いのに向き直る。わざわざ非番の忍を動かすのだから、急ぎの上に重要な任務のはず。一人の忍として能力を買われているのだと思えば、呼び出しなど苦にもならない。
「いいえ。ご用命とあれば、いつ何時でも馳せ参じる覚悟です」
「頼もしい限りだよ。おい、シズネ。いのに依頼書を渡せ」
 医療か、はたまた諜報活動か。シズネの手から依頼書を受け取ると、その内容を頭に入れる。
「今回は医療忍ではなく、偵察要員としての依頼です」
「そう、みたいですね。同行者は、こちらで指名できますか?」
 依頼書には、他一名と記されている。偵察任務の場合、この一名が大問題なのだ。
「それは全く構わん。シズネ、非番の者のリストを」
「シカマルとチョウジは、確か今……」
「ええ、二人とも任務に出ています」
 やっぱりか、と唇をかむ。シカマルとチョウジが共に任務へ出ているとは、運が悪いとしか言いようがない。今回の任務は、心転身の術が必要不可欠だ。そうなると同行者は、空っぽになった自分の身体を預けられる人間となる。同じ里の忍とはいえ、そう簡単に任せられるものではない。真っ先にサクラの名前が候補にあがるが、それは論外だろう。医療忍者を二人もあてがう必要はない。一緒に組むなら、感知タイプだ。できればレベルは中忍クラス。意識のなくなったいのを連れて、追っ手を捲けるぐらいの腕が必要だ。
 誰か、安心して任せられる忍はいないだろうか。なかなか名前が出てこない。焦るいのの脳裏に、ふっと、顔が浮き上がった。火曜日にプリンを持ってやってくる、あの男。
「シノを……」
「うん?シノ?」
「はい。油女シノを、お願いします」
「ちょうど、紅班は休暇に入ってます」
「よし。では、すぐに手配しよう」
 シズネの言葉にひとつ頷くと、綱手は了承の意を告げる。交渉は成立だ。シノと一緒に任務をこなしたことは、一度もない。だが、どうしてだろう。あの男となら、上手くやれるような気がした。半刻後に正門前集合となり、火影室を辞する。出入り口のドアを閉めた途端、シズネの声が頭の中に再度響いた。紅班は休暇中という、あの言葉だ。
「同じ紅班なら、ヒナタでいいじゃないの」
 感知タイプのくの一、おまけに同期ときている。これ以上うってつけの人材はないだろう。すぐに申請をしなおそうと思うが、火影室にはすでに入れ替わりで人が入っている。
「あー……まあ、いっか」
 こういう時、切り替えの早い性格は得だ。決断をしたあの時の勘を信じてみようじゃないか。そうと決まれば、早急に身支度を整えなければなるまい。
「準備しに帰ろっと」





 半刻後、正門前。いつも羽織っているコートに荷物を背負ったシノと落ち合う。
「二人で任務とは、また珍しいこともあるものだな」
「顔見せなさいって言ったのに、全然来ないんだもの。呼び出しよ、呼び出し」
「む。それはだな、任務が詰まって……」
「嘘、冗談。わかってるわよ。さて、時間も迫っていることだし、行きましょか」
 つい、と前方を指して、いのは正門を出る。夕暮れまでには帰路に着く予定だ。道中、任務に関する説明をすればいいだろう。
「任務をこなしてたってことは、傷はだいぶいいのね」
「うむ、経過は良好だ」
 少しは緊張するかと思えば、いつも通りの四方山話が口をついて出る。そして、やはり思う。この男となら、上手くやれるだろう、と。
 ほっとしながら、任地へと向かう。







※いのちゃんは、シカとチョウジ以外の奴に身体を預けることに、とても抵抗を感じると思うの。




2008/04/27