「姉さん、悪い!こぼした!」 「わかってる!」 キバの脇を通り過ぎ、クナイはなおも宙を切り裂く。テンテンはそれらを一つ残らずはじき返すと、十二時方向から三時方向へと進路を変える。木の枝を蹴って前へ進めば、木の葉が頬を掠めた。 「うん?追ってこねえな……匂いが遠ざかってく。違うターゲットでも見つけたか?」 下忍クラスの雑魚ならまだしも、今回の相手は、気配を探ることが困難だ。しかし、匂いは消そうと思って消えるものではない。自然、キバの嗅覚が生きてくる。 「ここらで位置関係を把握しておくか……。いの、お願いできる?」 テンテンの合図を機に、三人は大きな木の根元へ着地する。 「じゃあ、ちょっと身体お願いしますね」 印を結んで数秒後、いのの身体はくたりと力なくテンテンに寄りかかる。上空に目を向ければ、大きな鷲が旋回している。あれが、今回の憑代なのだろう。キバの嗅覚に、いのの心転身。この二つを持っている自分たちは、他チームより遥かに優位な立場にあるのだ。急ごしらえのチームではあるが、まさかここまでやれるとは思わなかった。これは、予想以上の出来だ。 逃げて、逃げて、逃げまくれ。それが、筆記試験を通過した受験生に与えられた課題だった。曰く、撤退戦を視野に入れた試験なのだという。追いかけてくる相手は、百戦錬磨の特別上忍。常に緊張を強いられる上、再起不能の怪我を負う可能性だって十分ある。万が一、試験中に死者が出たとしても、不慮の事故として処理されることだろう。毎度のことながら、何をするにも命懸けだ。 「あのー、ちょっといいすかね」 「何?新手?」 「いや、そういうんじゃなくて……やっぱいいや」 「言いかけてやめないでよ。気持ち悪いでしょ」 なおも言い淀むキバを睨み付け、続きを吐かせる。 「あー、なんつーか……日向ネジ、いるでしょ?姉さんのチームに。最近、どうなんすかね」 「どうって、何が」 「宗家に通ってるって聞いたんで。うまくやってんのかなーと」 「あの娘が心配?」 「チームメイトっすから、そりゃあね」 「あんたの心配はわからないでもないけどね。うまくいってるからこそ、宗家に通っているんでしょ。ネジにだって、色々と思うところがあるのよ」 「色々、ねえ」 そこで、キバの声が尖る。納得できないのだと窺い知れた。 「ネジの視点に立ってみたら、よく今まで我慢してきたなと思うわよ、実際」 「それでも、ヒナタをあそこまで追い込んでいい理由にはならないすよ」 キバが言っているのは、最初に受けた中忍試験での話だろう。リーから伝え聞いたが、ネジは審判に止められるまでヒナタを徹底的に攻め続けたという。 「やりすぎだってのは認める。でもね、長い間ずっと胸に溜め続けてきた鬱屈をぶつける機会が、試験という形で現れちゃったんだもの。止めようとして、止められるものじゃないわ。そんなに出来た人間なんて、いやしないわよ」 「姉さんは直に見てないからそんなことが言えるんだって。試験官と上忍が総手で止めたんだぜ?」 「ネジをそこまで追い詰めたのは、宗家と分家のしがらみでしょ」 「だからって、ヒナタがっ!」 「うん、だからわかるんだって。あの娘が悪いわけじゃない。でもね、ネジが抱える事情を考えると、一概に責めることはできないでしょ。状況が悪かったとしか、言い様がないわ」 うずまきナルトに負けた直後、ネジの顔を見たとき、テンテンは確信した。ネジは、これでようやく救われるのだと。スリーマンセルを組んだ当初は、なんて性格の捻じ曲がった奴なんだろう、チームが一緒にならなければ係わり合いにならないのに、とさえ思った。それでも、修行を積んで、任務を共にこなして、そのうちにネジの抱える苦悩を知って。掛ける言葉を持たずに戸惑うテンテンを、ネジは一喝した。つまらない同情は、ネジにとって鬱陶しいものでしかなかったのだ。その気位の高さに、尊敬の念を抱いた。ネジを、はじめて身近に感じた。 「あんたがあの娘を思うように、ネジにもそういう人間が居るのよ。覚えておきなさい」 「え?あ、何、そういうこと?なんだ、そっか」 噛み付かんばかりの勢いが、テンテンの言葉を境に削がれていく。あれだけ食いついてきたのに、こうも物分りが良くなるとは。怪訝な顔で、キバを見る。 「そういうことなら、まあ、ねえ。大体オレぁ、ヒナタみてえなタイプに弱いんだよなあ。こう、守ってやりたくなるっつーか……。家に帰ったら、気の強ぇ女ばっかだしよ。身内だけで勘弁しろっての」 ぶつぶつと呟くキバに、はあ、なるほどねえ、と適当な相槌を打つ。守ってやりたいのなら、守ってやればいい。同じチームなのだから、支えあうのが当然だろう。 「でさあ、姉さんは、あの朴念仁のどこに惚れたの?」 「惚れる?はあ?何言ってんの?」 「だって、オレと同じようにって……あれ?あれぇ!?」 交互に指を差す仕草が次第に大きくなり、ああっ!と小さな悲鳴が響く。 「ひでえ……誘導尋問かよ……」 両手で顔を覆いながら、キバは力なく嘆いた。 「あんたが勝手に自滅したんでしょ?責任転嫁はやめてよね」 「後生ですから、この話はどうか聞かなかったことに……」 「あいにくと、他人の色恋には興味ないの。この娘はどうかわかんないけどさ」 左肩に乗っているいのの顔を、ついと指差す。 「ええっ!オレ、脅されてる!?こいつなんかに知られたら、人生の破滅っすよ!」 「だーから、興味ないって言ってんでしょ!勝手に突っ走んな!」 慌てふためくキバの後頭部を、ペシリと叩く。根はいい奴なのだろうが、間違いなく墓穴を掘るタイプだ。もしかして、密かな恋心どころか、相手に全部筒抜けなんじゃなかろうか? 「でもまあ、同じチームで良かったじゃないの。自分の手で好きな娘を守れるんだものね。あんた、強くなんなさいよ?」 「わあってます。だから、オレもこの試験に賭けてるんです。ぜってー昇格してやる」 「となると、最後まで逃げ切らないとね。あんたの嗅覚、頼りにしてるわよ」 その言葉で、キバの目に力が戻ってくる。ガクリと下がったモチベーションが、復活したらしい。単純な性格は、こういう時に扱いやすい。 試験終了まで、残り36時間。テンテンは自らの頬を張り、気合を入れた。 ※ヒナタ側に立つキバと、ネジ側のテンテン。思うところは、色々あると思いますよ。見方によって違うだろうし。キバ→ヒナタ描写は、まあ、趣味です。今作だけの設定にしておきます。 2008/04/21
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