さよならばいばいまたあした



さよならばいばいまたあした




 油女シノは、アカデミー内でも目立って口数の少ない子供だった。成績は優秀だが、コミュニケーション能力に少々難あり。教師からの評価は、おおむねそんなところだ。だからといって、子供らしい好奇心が欠落しているわけではなく、むしろ人一倍旺盛と言ってもいいだろう。
「せんせー!またあしたねー!」
 校門めがけて走る生徒が、教員室に向かって大きく手を振る。放課後のアカデミーは、いつも賑やかだ。喧嘩をしたり、仲直りをしたり、いつの間にか仲良しの輪が広がっていたりと、常に何かしらのドラマが生まれている。そんな瞬間を見つけるのが、シノの密かな楽しみだった。一緒に混じれば、もっと楽しいのかもしれない。持ち前の好奇心がひっそりと疼きだすのだが、きっかけを作るのは苦手だったし、自分には観察という行為が似合っているように思えた。
 そして今日もまた、シノは大きなバッグを横に下げて、アカデミーの屋上に佇んでいた。
「いつもの時間に公園集合な!」
 アカデミーでも飛びぬけて威勢のいい声が、校庭に響き渡る。ここ最近、シノの目を引く集団だ。
「キバ、言いだしっぺが遅れんなってばよー」
「それチョウジに言えって。こないだ、駄菓子屋の前でどんだけ待ったと思ってんだよ」
「ああ、それな、オレの遅刻が原因だから」
「お前か!シカマル!」
 くの一クラスの生徒たちが、男子はうるさくてイヤよねーなどと話ながら、悪ガキ達を遠巻きに眺めている。その、さらに遠く。一人の少女が、木陰に身を寄せていた。色素の薄い瞳は、絶えず四人の背中を追いかけている。それは、憧れにも似た羨望の眼差しだった。皆から気づかれないように、それでいて一挙手一投足を見逃さないように、じっと目を凝らしている。
 シノは、またひとつ新しいドラマを見つけた。この少女が四人組とどう関わっていくのか、自分の目で見届けよう。シノはそう心に決めて、観察を続けた。





 それから一月が経過した。少女は毎日同じ場所に立ち続け、羨望の視線は相も変わらず四人を追いかけている。ドラマは、一向に動き出さない。少女が行動を起こさない限り、このドラマは始まりもしないのだ。少しだけ、ほんの少しだけ、シノは焦れる。今までいくつものドラマを見届けてきたが、そこに首を突っ込んだ試しなど一度もなかった。自分は、いつだって傍観者なのだ。そうは思えど、いつの間にか少女に感情移入をしている。あまつさえ、その背中を押したくて仕方ないのだ。
 こうしている間にも、あの四人はいつもの公園へと場所を移動するだろう。鮮やかに笑いながら、校門を駆け抜けてゆくだろう。しばし悩んだ後、シノは屋上の扉へ向かった。階段を、駆け下りる。どうしても、放っておけなかった。
「あいつらに、声を掛けなくていいのか?」
「きゃあ!」
 すぐ気づくようにと足音をわざと立てながら近づいたというのに、少女はおかしなぐらい慌てふためいた。自分以外の誰かが居るなんて、思ってもみなかったようだ。
「名は?」
「え?え?」
「名は、なんと言う?オレは、油女シノだ」
「ひ、日向、ヒナタ……」
 すぐに消えてしまいそうな、か細い声だった。
「いつも見ているだろう。あいつらのこと」
 くいっと首を振った方角では、四人が校舎の前でふざけている。
「う、うん……。あ!でもね、見てるだけなんだよ!別に何かしようとか、そういう風には……!」
「オレもそうだ。屋上から下の様子を眺めることが、日課になっている」
 風が、ひゅうっと足元を流れた。今、自分はドラマの中に足を踏み込んでいる。そう思うと、奇妙な高揚感が身体を包みこんだ。話を繋げるべく、シノは口を開く。
「あいつらは、どうにも危なっかしくてな」
「そういう時はね、必ずイルカ先生が注意するの。先生もね、いつも見てるんだよ。四人全員が校門を出るまで、教員室の窓から動かないんだ」
 そう言われて教員室を見れば、窓際にイルカの姿が見えた。屋上から、教員室の様子までは伺えない。下におりると、こんなことまで見えるらしい。ちょっと得をした気分になる。
「なんだろう、みんなすっごく楽しそうで、見てるだけで幸せになれるの」
「見ているだけ、か。話してみたくないのか?」
「それは……話してみたいけど……」
「ならば、声を掛けてみればいいだろう。おはよう、でも。また明日、でも」
「うん、きっとそうなんだろうね。でも、まだ今はいいかな、と思う。もっと力をつけて、木ノ葉の額あてをもらえるようになったら……その時に、ちゃんと話しかけたいなって思うんだ」
 同じ木ノ葉の仲間として認められたい。ヒナタが言いたいのは、きっとそういうことなのだろう。ならば、その意思を尊重するべきだ。言うべきことは他に見つからず、背を向ける。
「えっと、シノくん」
「なんだ?」
「その……声、掛けてくれてありがとう」
 ヒナタは、屈託なく笑いかけてくる。はたして、どう返事をしたらよいものか。ぐるぐると悩んだ末に、片手を挙げるだけで済ませてしまった。慣れないことは、するものじゃない。そう思いながら、シノは家路に着いた。





 そして月日は流れ、アカデミーは卒業の時期を迎える。
 合格者説明会の席にて、イルカの口から告げられた班編成は、シノとヒナタをひどく驚かせた。あの四人組の一人、犬塚キバと同じ班になったのだ。第8班、スリーマンセルの結成だ。シノが生まれてはじめて干渉したドラマは、こうしてシノ自身のドラマへと変わっていった。
 犬塚キバは、思っていた通りの男だった。リーダー気質で、世話焼きで、ちょっとだけ短気で。
「じゃな、ヒナタ。シノも、また明日な!」
 帰り際には、あの日と変わらぬ大きな声。
「うん、バイバイ」
「ああ、またな」
 そう言われて少し嬉しいのは、二人だけの秘密だ。






※趣味に走りました。サスケ奪還編だったかな、ガガガSPのEDが好きです。アカデミー時代はたまらんよね。8班にも、こんなメモリアルがあったっていいじゃないか。



2008/05/05