ナルトと一緒に一楽へ行くのは、久しぶりのことだった。それというのも、ナルトが木ノ葉の忍として忙しく動いている証拠であり、喜ぶべきことなのだとイルカは思っている。連れ立って一楽の暖簾をくぐれば、テウチから「久しぶりだな」と声を掛けられた。頼んだメニューは、もちろん二人とも味噌チャーシュー大盛りだ。 「味噌チャーシュー大盛り、お待ち!」 「おーし、ほんじゃ食うか!」 世間話を一旦止めて、イルカはカウンターに置かれたラーメンに手を伸ばす。割り箸を手に取り、蓮華でスープを掬おうとしたところで、ふと違和感に気づいた。いつものナルトなら、ラーメンを見るなり脇目もふらずに口へ掻っ込むはず。それがどうだろう、今日に限っては、大好物の味噌チャーシューを目の前に、割り箸を弄んでいる。 「ん?なんだよ、食わないのか?」 「食うよ、食うってば……」 パチリ、と割り箸を二つに割る。麺を挟んで持ち上げると、ナルトはもごもごと話を切り出した。 「あのさ、実はさ、イルカ先生に相談があるんだけど」 「珍しいな、お前が相談ごと持ちかけるなんて」 ナルトとはずいぶんと長い付き合いになるが、私的な相談をされたことは一度もない。家族のいないナルトは、何でも一人で決めてきた。そんな姿をずっと見てきたものだから、相談をされるのは、なんだかくすぐったい。 オレでわかることならいいんだが。 ほんの少しの不安を抱きながら、イルカは目だけで続きを促した。 「あ、合鍵ってさ、どうやって作んの?」 声を上擦らせて、ナルトが言う。 それを聞いたイルカは、啜ったスープを吹きそうになるが、なんとか堪える。だが、喉の気管に入りこんだようで、しばしの間、咳こんだ。カウンターの奥でスープを混ぜていたテウチが、そっとこちらを振りかえる。ナルトはそんな視線に気づきもせず、頬を紅潮させて、真っ直ぐにイルカを見ていた。 ニ度、三度と喉を鳴らせてから、声を出す。なるべく平素と変わらぬ態度を心がけた。 「お前、持ってなかったのか?」 「だって、今まで必要なかったし……」 「そうか?」 「うん、そう。だけどさ、人をね、待たせちゃうとアレじゃない。来ることが判ってんなら、鍵渡して部屋に入って貰った方がオレも相手も気楽だし。あ、別に特定の誰かに渡すってわけじゃないんだけどね?あると便利かなーと」 誰も、そんな野暮な詮索をする気はない。まさに、墓穴を掘るとはこのことだ。 こいつにも、鍵を渡せるほど大事な人ができたのか。 照れ隠しに麺を勢い良く啜るナルトの横顔を見て、イルカは目を細めた。 「鍵、なあ。よし、今から一緒に行くか?連れてってやるよ」 「え、マジで?先生、時間だいじょぶ?」 「今日の午後は遅くからでいいんだよ。そんぐらいの時間ならあるさ」 「よかったぁ。オレさ、どうしたらいいのかわかんなくてさ、誰かに一緒に来て貰おうかって考えてたんだよ」 「難しいことはないよ。そのまんま言えばいいんだ。いつも使ってる鍵出して、おんなじの作ってくれって」 とはいえ、ナルトが躊躇するのもよくわかる。家に帰ればいつも一人。そんな当たり前の生活に、風穴が空くからだ。家路に着こうとするたびに、今日は居るかな?と期待をしてしまう。鍵を渡すということは、相手に自分自身を委ねるのと同意義だ。それ相応の、覚悟がいる。 「手順とか全然わかんねぇからさ。なんかこう、敷居が高いっつーの?とにかく、オレには難しいことなんだってば。あれ……?ああ、そっかぁ、そうだよなぁ」 イルカの顔を眺めながら、ナルトは神妙に頷きはじめる。一人で行く気になったのか?と軽口を叩きたくなるが、そんな言葉は吹き飛んだ。 「どうせ作るんなら、イルカ先生の分も作っちゃおうかなぁ」 「お、オレの分か?」 「これでオレん家、入り放題」 ニシシと笑うナルトを見て、イルカはくしゃりと顔を歪ませる。 「んなこと言ってっと、定期的に家庭訪問すんぞ」 「ええ!?アカデミーじゃないんだから、それはちょっと!」 一人の生徒を贔屓してはいけない。わかってはいるのだが、ナルトにはどうしても特別な感情を抱いてしまう。それは、どんなに月日が流れようとも、変わることがなかった。父親代わりのつもりなのだと言えば、ナルトはどんな顔をするだろう。笑ってくれるだろうか。 「ふー、食った食った。やっぱ味噌チャーシュー最高!」 「ナルト、お前は外出てろ。ここはオレが出しとくから」 そう言って、イルカはさっと手を振る。 「マジで!?よっしゃー!一食分、浮いたー!おっちゃん、ご馳走様!」 元気良く店を出て行くナルトを見送ってから、イルカは財布を取り出す。 「親父さん、ナルトと一緒に会計ね」 「お代はいいよ、オレのおごりだ」 「え、なんでまた」 「めでたい日だからな、オレにも何かさせてくれ」 テウチは、穏やかに笑いながら、店の外へ向けて首を振った。視線の先には、大きく伸びをしているナルトが居た。さながら今日は、合鍵記念日とでも呼ぼうか。 「では、お言葉に甘えて。ご馳走様です」 「いいってことよ。鍵、作りに行くんだろ?待たせちゃいけねえよ」 ぺこりと頭を下げて、イルカは一楽を出る。 「でさあ、鍵ってどこで作んの?」 「まあ、待て。すぐに連れてってやるから」 その足は、常よりも軽く、弾んでいた。 ※イルカ先生、大好きです。木ノ葉学園EDでも、保護者役で嬉しかったなあ! 2008/03/21
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