優しすぎて、バカみたい



優しすぎて、バカみたい




 高台にあるアパートの、一番奥の部屋。そこに、ナルトは住んでいる。
 下忍時代から数えて、そこにはもう何度も訪れている。目を瞑ってでも到着できる自信があるぐらいだ。部屋の灯りがついていないことで、家主が留守であることは知れているのだが、ドアノブに手をかけた瞬間、どうにもならなくなってしまった。
 日付が変わるまで、待ってみよう。
 そう自分に言い聞かせて、サクラは玄関ドアの前にしゃがみこんだ。それから、もう二時間が経つ。こんな風にナルトを待つのは、初めてのことだった。人懐こい笑みを浮かべて自分の後ろをくっついて歩くナルトと、適当に相槌を打ちながらのんびり歩く自分。それが、一番落ち着く二人の距離だった。まだ幼かったあの頃、あの人の背中を追いかけた時間は、今でも大事な大事な宝物だ。しかし、遠くなっていくばかりの背中を見るよりも、隣を共に歩いてゆける男をサクラは選んだ。
 待つのはあまり得意じゃない。そんなナルトの言葉を思い出す。あの時は、こらえ性がないなんて思ったけれど、今ならその気持ちがわかる。幾度目かのため息が、空気に溶けた。
「あれ、サクラちゃん?」
 その声に顔を上げると、軽く笑いながら無言で手を振る。ナルトはサクラの姿を認めると、バネ仕掛けの人形みたいに、勢い良くその場を駆け出した。
「任務はすぐ終わったんだけどさ、その後にちょっと野暮用入っちゃって」
 ナルトは、上着のポケットやらポーチの中やらをせわしなく探っている。慌てているせいだろう、鍵がなかなか見つからないようだ。
「あ!誓って言うけど浮気じゃないってばよ?」
 尻のポケットから家の鍵を取り出すと、鍵穴にそれを差し込む。
「誰も気にしてないって」
 するとナルトは、何故かふて腐れたように口を尖らせた。ちょっとは気にして欲しいらしい。男の甲斐性というやつか。
「……はい、中へどーぞ」




 身体が冷えただろうから、と言って、ナルトはすぐにサクラを風呂へ入らせた。私物は極力持ち込まないようにしているのだが、着替えだけはどうにもならない。数着用意してある部屋着を片手に、風呂に入った。続いてナルトも風呂に入り、その間、先日購入した賃貸情報誌をパラパラと捲る。独立するために部屋を探してはいるのだが、なかなかどうしてままならない。これだ、という物件が出てこないのだ。ナルトと一緒に暮らせるようになるまで、一体どれだけかかることやら。先が思いやられる。
 その後は二人、あれやこれやと取り留めのない会話をしながら、就寝の準備をする。洗面所から出てきたナルトは、サクラの真向かいにしゃがみこむと、髪に手を伸ばす。まあ、流れ的にはそうなるだろう。今更、照れる仲でもない。首筋に回そうと両腕を持ち上げるが、その手は見事に空振った。
「うん、乾いてんね。ほんじゃ、遅いし寝ましょっか」
 髪をくしゃりと撫ぜると、ナルトは立ち上がり、部屋の電気を消す。行動の意図が読めず、サクラは頭に疑問符をちりばめる。
「ほんじゃ、おやすみー」
 拍子抜けしたサクラは、ベッドに顔を向けたまま、ぼんやりとその場で呆けた。
「どしたの、サクラちゃん」
 いつまで経っても隣にやってこないサクラを不思議に思ったのだろう。ナルトはむくりと身体を持ち上げて、サクラを気遣う。
「えーと……何というか。その、しないのかな、と」
「だってサクラちゃん、そんな気分じゃないでしょ?オレ、待つの苦手だけど、我慢するのは得意なの」
 この人は、バカだ。
 つまらない失敗が積み重なり、そのまま家に帰ると、一人で塞ぎこんでしまいそうだった。それっぽっちの理由で家に押しかけた自分勝手な女を、その心ごと受け入れるなんて。
 優しすぎて、バカみたいだ。
「そんかし、次は遠慮しないってば」
 ベッドに近寄ると、笑うナルトの頭を拳骨で叩く。
「……調子に乗るな」
「あいて」
 やはり、家をすぐに出ようと、決意を新たにする。
 明日は、時間を作って不動産屋を覗いてみよう。少しでも良さそうな部屋があれば、即入居。この人を、これ以上待たせるわけにはいかない。
 触れるだけのキスをして、その日は眠りについた。






※この人を好きになってよかったなあ、という。そんだけの話。



2008/03/12