六. 里に戻るなり、参った、と何度口にしたことだろうか。 シノは身体に響かぬよう、そろりそろりと足を運びながら木ノ葉病院へと向かっていた。報告書の提出はいいから、怪我の手当てをして来いとキバに言われたのだ。その手は、脇腹に添えられている。寒さが厳しくなってきた折、北風が吹くたびにずきずきと痛む。参った、と呟くしかなかった。 里の正門から木ノ葉病院までは、ちょっとした距離がある。手を貸そうかと言われたが、そこまで騒ぐほどのものではないと勝手に結論付けて、一人勝手に歩きはじめた。これが悪かった。 勝手な診断は、命取りになる。いつだったか山中いのに言われた言葉を思い出した。全くその通りだ。慎重派を自認するシノだが、こと病気や怪我の類になると、状況判断が途端に狂ってしまう。それがまた、病院嫌いという幼稚な理由に起因するのだから、救いようがない。 「あー!やっと見つけたー!」 聞き慣れた声が降ってきたかと思えば、すぐ傍らにいのが現れた。できれば、一度治療をしてもらったことのあるいのに診てもらいたいと思っていたところだ。あまりにタイミングが良すぎる。 「ああ、あのね、ヒナタに聞いたのよ、シノが無理してるって。あんたねえ、仲間の意見はちゃんと聞きなさいっての。歩くの辛いはずよ?」 疑問は顔に出ていたようで、いのにデコピンを食らう。そこでようやく、ヒナタの不安そうな顔を思い出した。こうして気を回してもらえるとは。感謝をするしかない。 「すまんが、手を借りる」 「いいから、とにかく病院に急ぐわよ」 病院に到着すると、すぐに処置室へと通された。蟲の一件があるため、第三者の存在が少しだけ気がかりだったが、幸いそこには誰もいないようだった。 シノは上着を脱いでシャツ一枚になると、いのに向き直る。 「はい、腕あげて。ばんざーい」 子供をあやすような口調だが、シノは別段気を悪くした風でもなく、素直に両手をあげた。 「やだ、何か引っかってる」 ぐいぐいと引っ張るが、何かが引っかかり、脱衣を邪魔している。 「ちょっと待て」 「はいはい」 いのが手を離すのを待ってから、シノは首元まで引き上げられたシャツを少し戻す。サングラスが引っかかっているのだ。いったん服の裾を直すと、サングラスをはずして折りたたむ。どこに置けばいいかと周囲を見渡すが、目の前の視線が妙に気になった。 「あれ?ちょっと待てよ?あっれぇー?」 「何だ?」 いのは後ろに身を引くと、うーんとひとしきり唸りはじめる。 やがて、両手の人差し指と親指で四角形を作ると、シノに向けて腕を押し出した。あれは、何かの印だろうか。シノは思わず身構える。なにせ、いのは山中一族の末裔なのだ。 「何か、」 問題でもあるのか、と続けるはずだったのだが、その声が形になることはなかった。 「やだちょっと、シノったら男前じゃないのー!」 「お、おとっ……!?」 ぐっと声が喉に詰まり、かあっと顔が赤くなる。 「もしかして、照れちゃった?」 「ひ、人をからかうのは、よくない」 ようやくのことで出てきた言葉は、少しばかり上擦っていた。平素を装うとするも、うまくいかない。赤くなった顔を持て余し、シノは視線を外した。 「お世辞言ってどうすんの。いい男なんだから勿体無いよ。今度からサングラス取ったら?」 「……遠慮する」 「そんなこと言わずにさ。ハイ、も一度ばんざーい」 いのにサングラスを手渡して、再び両手をあげる。今度は、するりと簡単にシャツが脱げた。 「もしかして折れたかもって時は、なるべく動かないようにしなさいね。折れた骨が、内臓のどっかに刺さっちゃうことがあるから。それで、かえって傷が酷くなるのよ」 「よく覚えておく」 「で、サングラスは外すこと」 「それは関係ない」 「えー、いいじゃん。そっちのが断然いいって」 むくれ顔でそんなことを言いながら、いのは治療を続ける。すると、身体全体に響いていた痛みが、すっと引いていった。医療忍者としての才能は、五代目火影も認めるところだ。やはり、腕がいい。 「今日のところは、これでよし、と。あとは包帯で固定しておくから、しばらく過度な運動は控えること。まあ、散歩ぐらいならいいけどさ。また、お店にでも遊びにきてよ。今度はお土産なしで」 土産がないとなると、ただ押しかけるだけになってしまう。それでは、なんだか申し訳ない。やはり、手土産が必要に思えてならなかった。 「ちゃんと言葉にしたげようか?」 いらない思考を巡らせていると悟ったのだろう。いのは、ひょいとシノの顔を覗き込む。 「あのね、元気な顔を見せてくれれば、それでいいの。これでオーケイ?」 「うむ、了解した」 ※「あんた、シノくんのばんざーいが書きたかっただけでしょ。そうでしょ」と思った人。ハイ、正解。 2008/03/15
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