花とみつばち



   四.


 資料室の倉庫から見慣れないダンボールの山が発見されたのは、つい二時間ほど前のことだった。中を開けてみるも、医療関係の書類だとかろうじてわかるだけで、ある程度の知識を持つ人間でなければ必要書類かどうかの判別がつかない。そこで急遽呼ばれたのが、いのとサクラの二人だった。
「くっそー、なんでこんな日に限って待機なのよー。任務に出てればこんな羽目には……」
 恨み言を口にしながら、いのは片っ端から書類を振り分けていく。大半はゴミだったが、今のところ有益な情報が数件紛れ込んでいた。焼却処理が必要な書類も、また数件。大掃除の日に、第三者が無理やり片付けたとしか思えない。
「師匠から直々のご指名なんだから、サクっと終わらせるわよ」
「だーもう!すぐに優等生の顔をする!そういうこと、全っ然変わんないわねーあんたは」
 この任務の重要性は、いのもよくわかっているはずだ。それでも、このダンボールの山を見れば、文句のひとつも言いたくなるだろう。腹が立たないといえば嘘になるが、ここは好きに言わせておくことにする。
「大体、ここの管理者って誰なのよー」
「今はシズネさんなんだけどね。管理者不在のまま、ずいぶん長く放置されてたんだって。んで、こういう結果になったと」
 もう少し広い机に作業をすればよかった。そう思いつつ、サクラは「不要」と書かれた箱の中に書類を押し込めた。管理を杜撰にすると、いつか必ずこういう目に合うのだ。自分が発端ならば諦めもつくが、第三者の仕業だと思うと、殺意さえ芽生える。
「そういやさ、こないだあんたの店の前を通ったら、シノ見かけたわよ。珍しくない?あ、ちょっと書類混ざるってば」
「ここまで私のテリトリーなので、よろしく。シノはね、最近よく店に来るんだわ」
「へえ、花でも買うの」
「いや、買わないわねえ。一昨年の査定報告書はっけーん。つか、なんでこんなところに突っ込むかなあ」
「それ、分けといて。ファイリングしておくから。じゃあさ、何すんの」
「んー?別に、何も」
「何もって、いやいや」
 思わず手を止めて、向かいに座るいのの顔を見る。何をするでもなしに店まで足を運ぶとは。これは、色気のある話になりそうな予感がする。
「強いて言えばなんだろ、茶飲み友達?みたいな?はい、そこ。手を止めない」
「茶飲み友達ってあんた……渋すぎない?」
「そう?昔はさ、よくシカマルとお茶飲んだもんよ。あいつん家の縁側、やけに落ち着くんだよね。あいつが詰め将棋やってるのを眺めながら、こう、ぼーっと。でもさ、中忍になってからあいつ、いきなり忙しくなっちゃったじゃない。もうああいう時間は作れないかなーと思ってたから。だからかな、嬉しいんだよね、シノが来ると」
 ちらりと真向かいを見ると、その顔には笑みが浮かんでいた。これはもう、間違いはないだろう。意外な組み合わせだが、どう転ぶかわからないものだ。シノも、ああ見えて積極的らしい。なかなかやるではないか。
「へえ、シノがねえ」
「そ。プリン持って遊びにくるわけよ」
「ほー、プリンをねー」
「あれ?なんで私がプリン好きだって知ってたんだろ……」
「そりゃあ、」
 好きな娘の好みぐらい調べておくでしょう。そう続けるはずだったのだが、いのの言葉に遮られた。
「とにかくさー、シノにプリンってところがね。ギャップがあって可愛いよねー」
 サクラは、その「可愛い」という言葉に引っかかりを覚える。伊達に長く付き合っているわけではない。これは、犬や猫の類を可愛いがるのと同じレベルだ。シノにその気があるとしたら、これ以上酷な話はないだろう。その方法では、いのを落とせない。そうシノに忠告すべきだろうか。いや、待て。周囲が先走ると、ろくな結果にならない。シノに直接ではなく、間接的に。かつ、わかりやすく的確に助言をするには、どうしたらいいだろう。いやいや、その前に、肝心のシノの気持ちはどうなのだろうか。どうこうする気がないのなら、何故店に通うのだ。その理由が見当たらない。
「あいた」
 サクラの額に小さな衝撃が走る。何かと思えば、机の上にクリップが落ちた。どうやら、いのの手によって放られたらしい。
「あんたねえ、さっきから何をぼんやりしてんのよ。サクっと終わらせんじゃないの?」
「……申し訳ございません」
「わかればよろしい。ん?何これ、薬剤の調合表?」
「ちょい見せて。知らない筆跡だわ、これ。誰が書いたんだろ」
 その後は、他愛のない話をしながら、ダンボールの中身を仕分けし続ける。作業をすべて終えた頃には、すでに日はとっぷりと暮れており、半日仕事となった。振休を許可されたのは、不幸中の幸いだろう。
 任務を終えた帰り道、サクラは脳内会議を催し、この件に関しては静観を決めることにした。この判断が吉と出るか、あるいは凶と出るか。神のみぞ知る、といったところだろう。







※アカデミーの頃からずっと顔見てきたから、「男」として意識はできない無自覚ないのちゃん。案外、自分の色恋沙汰には鈍かったりするといい。おにゃのこは可愛い。とにかく可愛い。




2008/02/29