落ちない女、落とせない男



落ちない女、落とせない男




 火影屋敷の屋上は、陽のよくあたる場所だ。猫たちにとっては絶好の溜まり場であり、ついでに仕事に煮詰まった忍もまた、憩いを求めてやってくる。そして今日も一人、着物姿のくの一が、手すりに自分の身を預け、深く頭を垂れていた。
「やっぱり、まずかったかなー」
「んー?何がー?」
 気配を絶つのが忍の基本とはいえ、こう油断している時に声を掛けられると、心臓に悪い。シズネは首だけを後ろに回し、背後を見る。
「ゲンマさんでしたか」
「なんだよ、オレじゃ悪かった?」
「いえ、そういう訳じゃないです」
 別に、ゲンマが悪いわけではない。ただ、一人きりになりたいだけだった。
 綱手に進言した新生カカシ班の編成案を却下された後、頼みの綱であるご意見番の二人に登場を願ったが、この意見もまた、却下された。綱手の発した「命懸けで守ってみせる」という言葉が決め手だった。里を出る前、あれほどまでに慕っていた綱手の威厳は、今なお健在だったのだ。里長が軽々しく口にすべき言葉ではないとわかっていながらも、シズネは安心してしまった。こういう人だったのだと、忘れかけていた。
「五代目んとこ行ったらすんげえ機嫌悪いし、お前はお前でこんなとこに居るし。何かあったんか?」
 思えば、自分は誰にも相談をしてこなかった。長く里を離れていたため、重要な相談を持ちかけられる相手がいないのだ。常に自分で考え、自分で行動を起こしてきた。もしかして、自分一人だけが世の理から外れているのかもしれない。だから、同世代の忍の意見を聞いてみたかった。シズネは、重い口を開く。
「綱手様に進言したんですよ。暁討伐の任務から、ナルト君をハズすべきだって」
「ああ、なるほどね」
 ゲンマは、いつものように飄々としていた。その方が、今は都合が良かった。下手に構えられると、言いたいことが言えなくなる。
「暁の目的は、ナルト君の中に封印された九尾なのだと判りきってます。だというのに、わざわざ敵の元へ彼を送り出すなんて……言語道断です。少なくとも、私はそう判断しました」
「まあ、そらそうだわな」
「だからこそ、綱手様も頭が上がらないご意見番のお二人に相談をしたんです。綱手様に考えを改めてもらうよう、口添えを頼んで……それは、見事に失敗しましたけど」
「へえ、ご意見番なんてオレ、口利いたことすらねえよ」
 里長となった綱手の負担を、できる限り減らしたい。その一心でシズネは動いてきた。だが、気を回しすぎた結果、逆に綱手を追い詰める形になってしまったのは、シズネにとっても不本意だった。もし弁解を許されるのなら、こんなつもりではなかったと伝えたい。もう、手遅れなのかもしれないが。
「いくらなんでも、やり過ぎたかと。綱手様を飛び越して、ご意見番のお二人に話を持ちかけたのは、やはり筋が通りません」
「筋がどうのって、お前ねえ」
「大事ですよ。私は、一介の忍ですから。里長の判断には、素直に従うべきです」
「損な性分だよね、お前も」
 がしがしと頭をかきながら、ゲンマが言う。
「あいつ、ナルトはさ、やっぱりまだガキなんだよ。そりゃ図体はデカくなったが、その場その場の感情で動きすぎる。里のことを考えたら、お前の意見が正論だ」
 ナルトは、戦略的な撤退を許さない。そういう選択肢が頭の中に存在しないのだ。それは、致命的ともいえる弱点だった。戦闘中、熱くなりすぎて我を失うタイプであり、一緒に組みたい相手とはお世辞にも言えない。
「お前が一介の忍であるのと同じように、あいつもまた、火影の名の下に属する忍なんだよ。そろそろ、里のことを視野に入れて動くべきだ。たとえ、五代目のお気に入りだとしてもな。お前さん、五代目の付き人でしょ?ナルトとは年季が違うっての。お前の言動は全部、五代目を思ってのことだ。それぐらい、ちゃーんと伝わってるよ」
「そうかなあ」
 手すりに顎をのせて、ぼやくようにシズネが言う。
「自分の判断に、もう少し自信を持ってみろ」
「今回ばかりは、ゲンマさんのマイペースさを分けてもらいたいです」
「いやー、分けてあげられたら円満解決なんだけど。こればっかりはなあ。まあ、でもね、オレはいつでも君の味方ですよ」
 その言葉に、シズネは顔を上げる。ゲンマは、真剣な顔でシズネを見ていた。
「ずるいなあ、ゲンマさんは」
「何がよ」
 シズネは前に向き直ると、手すりの上、組んだ両手に顔をうずめる。表情を見られたくなかった。
「こういう時、すごく優しいから。このタイミングで、そういうこと言うかなあ」
 シズネのくぐもった声は、どんどん小さくなる。時折吹きつける強い風に、声が飛ばされてしまいそうだ。シズネは、髪を手で抑えて、風がおさまるのをじっと待つ。このままだと、心をもっていかれてしまう。
「何言ってんの、オレはいつでも優しいよ?今ならサービスニ割増。どんとこい」
 そしてゲンマは、さあ、来なさい、とばかりに両手を広げる。しかし、ゲンマの胸に飛び込んできたのはシズネの身体ではなく、深い深いため息だった。
「……そういうところ、直せばいいのに」
「何だそれ、どういう意味だよ」






※天地橋での任務にて、ナルトを班から外すべきだというシズネさんの意見は、当然だと思います。きっと、凄く悩んだに違いない。そういう生真面目なところが好きだ。また、ゲンマは自分でチャンスを作っておきながら、勝手に自滅するタイプだと思う。




2008/02/22