愛飢を



愛飢を




「ナルト……ちょっと、待って」
 サクラの声は、明らかに動揺していた。
 ついニ、三分前まで普通に連れ立って歩いていたというのに、何故こんな路地裏で仕掛けてくるのか。場所も手段も選ばないナルトの変貌振りに、サクラは驚いている。
「やだ、待たない」
 新月の夜は、月明かりもなく、寒々しい。だから人肌を求めたのかといえば、そうではなかった。普段、何重にも蓋をして閉じ込めている感情が、夜の闇に呼応した。壊してしまえ、と唆された。
「家まで、あと、少しでしょ……」
 服を捲ろうとする手を、遮られる。それを制して、直肌の熱に触れた
 欲しいのだと求めれば、限りなく完璧に近い形で与えてくれる。人恋しくなると、敏感に察知して、これ以上なく満たしてくれる。どんなに幼稚な喧嘩をしても、みっともない醜態を晒しても、最後は仕方がないと許してくれる。そういうあんたが好きなのだと、笑みさえ浮かべて頭を撫でる。
「嫌なら、殴っていいよ」
 サクラは、あまりにも優しすぎた。こんなことを繰り返していれば、いずれ感覚が麻痺してしまう。ナルトは、それが怖かった。もしかしたら、すべてを受け入れてもらえるかもしれない。そんな絶望的な錯覚を起こす前に、一度でいいから、容赦なく突き放して欲しかった。
「ナルト、いい加減に……!」
 首筋に吸い付ければ、肩がぴくりと動いた。肌を重ねてからそれなりの月日が経っている今、どの部分を攻めたてれば弱いかなんて、容易に知れる。
「落ち着きなさい」
 その声を聞いて、ああ、最後通告だな、とナルトは冷静に思う。かつて、自分の師は、綱手の怪力をまともにくらって死にかけたと聞いた。それぐらいの仕打ちは、とっくに覚悟している。
 そもそも、二人は他人なのだ。絶とうと思えば、繋がりなんてあっという間に吹き飛んでしまう。満たされなければ、飢えることなど知らなかった。自分の中の空っぽに、気づくことはなかった。いつか訪れるかもしれない喪失におびえ、いっそ手を離してしまおうかと思いつめる。
「何を自棄になってんの、あんたは」
 サクラの口から形作られた「自棄」という言葉に、服の下をまさぐる手が止まった。まだ、自分は何も告げていない。胸の内を、何ひとつ吐露していない。自分がわかりやすい性質だということを差っ引いても、何故だろう、と不思議に思う。
「あんたは、ほんっとに大バカだわ」
 垂れた頭に、サクラの手が乗る。
「前にはっきり言ったでしょ、私はあんたを嫌いにならないって」
「……ちゃんと、覚えてんだ」
「記憶力には自信があるの。あんまり舐めないでよね」
 サクラは、動きの止まったナルトの手を掴むと、自分の肩にぽんと置く。布越しの体温に、ざわついた心が落ち着いてゆく。また、満たされてしまう。
「あんたに触れられて嫌な部分なんて、一箇所もないわよ。そりゃ、喧嘩をすれば腹が立つけど、大体は許せる範囲だし。それよりも、あんたが私相手に愛想を尽かさないことの方が奇跡だと思うわ」
「なにそれ」
「だって、そりゃそうでしょ。下忍の頃は、お世辞にもあんた相手に優しかったとは言えないし。三年経って木ノ葉に戻ってからも、蹴ったり殴ったり。逃げ出すわよ、普通」
 サクラは、そこまで言うと、快活に笑う。
「私は、何があってもあんたの隣にいるわよ。しつこい性格なの。知ってるでしょ?」
「オレが浮気したらどうすんの」
「そうねぇ、一発力任せに本気で殴って……ああ、それでもすぐに治療しちゃうだろうなあ、自分で」
 その光景を思い浮かべたのだろう、サクラはまた、くすりと笑った。
「ほら、帰ろう、ナルト」
 こんな居心地の良い場所に、慣れしまってもいいのか。臆病者は、立ち止まる。頑として動こうとしないナルトの手首を、サクラが引いた。それでも、ナルトは動かない。今度は、ぎゅっと縮こまった手を、解いていく。握った隙間を縫って、指が絡んだ。その感触があったかくて、泣けてくる。
「オレ、この先きっと、たくさん間違える」
「誰もあんたに期待してないっての」
 おそるおそる、一歩踏み出す。
「餌くれないと、いなくなるかも」
「じゃあ、家にラーメン常備しておこう」
 二歩、三歩とふらふら前へ進み、路地裏からようやく抜け出した。ずびっと鼻を啜る。
「愛してます」
「私もよ」







※タイトルは、はっぴいえんどの曲名より。やはり、自分は鉄板ナルサク派らしい。情に厚い女が、こんな男を放っておけるわけがない。




2008/02/03