馳走答拝



馳走答拝




 昼飯をご馳走するから、なんでも好きなものを食べなさい。
 そう言うゲンマに連れられて暖簾をくぐったのは、最近できた定食屋だった。多種多様な小鉢を組み合わせて、自分好みの定食を作れるというのが特色らしい。一度行ってみたいと常々思っていたシズネは、渡りに舟とばかりにゲンマの背中を追う。
「いらっしゃーい」
 入り口の引き戸を抜けると、威勢のいい声が厨房から聞こえてくる。両手に大きなトレイを抱えた店員が、目の前を通り過ぎた。カウンターに並べる小鉢を運んでいるようだった。店内には、注文を取る店員が居ない。その分、空間がすっきりと広く見える。こんな効果もあるのだな、と感心しているシズネを他所に、ゲンマは品出しを終えた店員を捕まえて、なにやら質問をしていた。
「今日のオススメは?」
「いい魚が入ったよ。キンメダイ。煮付けが最高だね」
「煮付けが美味いってさ、どうする?」
「いいですね、それにします」
 煮付けは好物なので、今日の主菜は魚に決定した。ゲンマはシズネにトレイを渡すと、そこに煮付けの皿を置き、自分の分も確保する。
「へー、色んな料理があるんですねー」
「そのわりに安いしね、家計に優しいんだよ」
 あっけらかんとそんなことを言うゲンマに、シズネは小さく笑う。別に豪華な料理を期待していたわけではないが、普通、こういう時に値段の話はしないだろう。そこがゲンマらしいと言えば、らしかった。
「お、揚げ出し発見。ここのは絶品なんだ。食ってみなよ」
 その声と共に、小鉢がトレイに置かれた。揚げ出し豆腐の上に、大根おろしがのっている。これもまた好物だ。ゲンマの心遣いに感謝しながら、他の料理に視線を移す。どれも目に鮮やかで、美味しそうに見えた。
「じゃあ、私はこれにします」
「あ、ここのきんぴらね、味が辛めなんだよ。そっちよりこっちのが美味いから」
 きんぴらの小鉢を取ろうと思ったら、ゲンマに止められ、かぼちゃの煮物が代わりに並んだ。きんぴらは、少し辛めの方が好きだった。シズネは頭の中に疑問符を散りばめながらも、あくまで厚意なのだと受け取る。
 オクラの胡麻和えを選ぼうとすれば、ほうれん草の煮びたしに入れ替わり、ひじきの旨煮に手を伸ばせば、出し巻き玉子を置かれる。これは妙だ、と気づいた時には、もうすでに手遅れだった。こっち、こっち、と手招きするゲンマの真向かいに座る。テーブルの上には、そっくり同じ定食が二つ並んでいた。
 ゲンマから箸を渡され、どうも、と抑揚のない声で礼を言う。
 最初に言った、「なんでも好きなものを食べなさい」というのは、一体何だったのだろう。
 釈然としないものを感じながら、シズネはご飯に箸をつけた。






※シズネさんは基本的にはおっとりさんなので、ゲンマのペースに引きずられると見た。そこがカワイイ(そればっか)。




2008/02/12