戦後十分



戦後十分




「そこまで!」
 テンテンの首筋にクナイが当てられるのと、試験官が試合を止めるのは、ほぼ同時だった。厳しい面差しのテマリが、クナイを握った手をおろすと、「勝者テマリ」という試験官の張りのある声が会場内に響く。勝ち名乗りを受けた後も、テマリの顔に笑みはない。それほどまでに、均衡した試合だった。お互いチャクラ切れ寸前であり、肩で息をしている。
 観衆の拍手がテマリに向けられる中、戦いを終えたテンテンは、一人離れた場所で待機しているネジの横にすっと現れた。そして、壁に背を寄せると、そのままどさりと地面にしゃがみこむ。ネジはそんなテンテンに目を向けることなく、会場の中央をじっと見据えたまま、背筋を伸ばして立っていた。
「あー……悔しいなあ」
 次の試合が始まって十分過ぎた頃だろうか、テンテンは呟くようにそう言った。起爆札が連続して爆発する音に、観客席が湧き上がる。
「扇子を封じた時に、イケるって思っちゃったのが敗因かな。油断なんか、したつもりないのに」
 そこまでは計算通りの戦いだったが、巻物のストックを切らしてからは、泥臭い近接戦が続いた。残った武器は、クナイ三本に手裏剣七枚。攻撃を回避するのに精一杯で、試合を組み立て直す余力はなかった。
 テンテンは空を仰ぐと、悔しいなあ、ともう一度呟く。
「疲れているところ、すまない。ちょっといいだろうか?」
 左側に顔を傾ければ、先ほどまで刃を交えていた砂のくの一が立っていた。後ろには、弟の傀儡使いも居る。もう、試合は終わったというのに。一体何の用だろうか。
「できれば、手短にお願いできる?」
 手短に、というフレーズで躓いたのか、テマリは言葉に詰まり、沈黙が流れる。その間も試合は動いているようで、チョウジを応援するいのの声が近くから聞こえてきた。皆が皆、試合の行方に注目している。
「今回は、手数が多くて驚いた」
「そう?」
「隙を作ったつもりはないんだが、常にこちらの動きを読まれているように感じた」
「接近戦もあそこまでやれるとはね。それはこっちの読み間違え」
 本音を言えば、会話を交わすことすら億劫だった。それに、先ほどから何を言いたいのかよくわからない。だが、無視をするわけにもいかないし、さりとて問い質す気力もない。さしたる考えもなしにテンテンは受け答え、ぼやけた会話が続く。
「あー、もう!めんどくせえ!」
 痺れを切らしたように声をあげるのは、ずっと二人の動向を見守ってきたカンクロウだ。一歩前に足を踏み出すと、テマリの頭を掴み、地面に向かってぐっと下げる。
「この間の予選では、無駄に投げ飛ばして悪かったじゃん!」
「い、いきなり何をするんだ!」
「お前見てっと、背中がムズ痒くなる。さっさと言えばいいじゃんよ」
「……その、なんだ。言いたいのは、そういうことだ。じゃあな!」
 詫びているのか、はたまた怒っているのか。どちらともつかない声を発して、テマリはもう一人の弟、我愛羅の居る場所へと足早に戻っていった。
「ったく、素直じゃねえの」
 呆気に取られているテンテンの前にしゃがみこむと、カンクロウは内緒話をするように声を潜める。
「あんな風だけどさ、木ノ葉の下忍じゃあんたが一番肝が据わってるって零してんだ。木ノ葉とはまた任務が重なることがあるかもしんねぇし、そこんとこひとつよろしく頼むじゃん」
 それは冷酷な忍としての顔ではなく、姉が心配で仕方ない弟の顔だった。砂の三姉弟の噂は、木ノ葉にもよく届いている。聞いた話とは、またえらく違うものだ。
「うちの里の忍も砂に助けられたっていうから、そこはお互い様ってことで」
「話が早くて助かるじゃん。またいつか、あいつと手合わせしてやってくれ」
 カンクロウは、ニカリと笑ってそう言うと、姉の後を追ってその場を駆け出す。しばらくその背中を眺めていたが、不意に妙なおかしさが湧き上がってくる。この間の予選のことなんて、全く気にしてないのに。言われなければ、きっと思い出さなかった。笑いに合わせて、テンテンの肩が小刻みに揺れる。
「ああもう、ほんっと悔しい」
 話す素振りを全く見せなかったネジだが、幾分晴れたテンテンの声を聞いて、口を開く。
「だが、見る価値のある一戦だった」
「……よしてよ、泣けてくるから」
「泣いてもいいぞ」
「湿っぽいの苦手だって、知ってるくせに」
 うん、と前方に向かって手を伸ばした後、ようやくテンテンは立ち上がった。すると、なにやら視線を感じて周囲を探る。会場の隅、師であるガイが、誇らしげな顔でぐっと親指をこちらに突き出しているのが見えた。いい試合だったと、その瞳が言っている。
「また、次がある」
「うん、そだね」






※テン助とテマリは、互いに切磋琢磨して欲しいです。性格的にも合うだろうし。ナルトの居ない空白の二年半は、実に妄想し甲斐があります。




2007/01/30