僕がどんなに好きなのか、君は知る由もない



僕がどんなに好きなのか、君は知る由もない




 サクラと任務を共にしなくなって、もう随分と時が経つ。
 カカシ班の編成は、元より暁討伐における特別措置であり、医療忍者であるサクラは本来、他の隊に随行するのが主な任務であった。毎日顔を合わせていたあの頃が、普通ではなかったのだ。たまに医療忍者が班に編成されると、サクラと一緒かもしれないと胸を高鳴らせては、それがシズネやいのだとわかって気落ちするのが常である。きっと表情に出てしまうのだろう、「あからさまにガッカリした顔すんな!」といのに何度怒鳴られたことかわからない。
 しかし、会いたくなるのだ。特に、厳しい任務が重なった帰り道などは、たまらなく顔を見たくなる。だが、実家暮らしのサクラに夜中会いに行くことは難しいし、電話をしようにも何を話せばいいのかわからない。ただ、会いたいだけなのだ。一目だけでも、顔が見られればいい。
 誰も居ない家の鍵を開けて、灯りをつける。ふらふらとベッドに近寄ると、サンダルを履いたままどさりと倒れこんだ。会いたいなあ、とやはり思う。会って、顔を見て、手を握りたい。サクラ自身は指にマメや傷があることを気にしているが、ナルトにとってそんなことはどうでもよかった。この手が、自分を守ってくれた。この手が、自分を癒してくれた。節くれだった自分のものよりも、ずっとやわらかくて、あたたかい。手のひらに触れて、指を絡めて、それから。
「オレ、最悪……」
 あろうことか、その続きを想像してしまい、暴走しそうになる。そんなんじゃない。枕にぼすっと頭をうずめて、頭の中を整理しようとする。
 決して、乱暴を働きたいわけではない。会って、顔を見て、手を握って。
 ああ、クソ、同じところをぐるぐる回ってる。どうしようもない俗物に成り下がった自分が、情けなくて仕方ない。
「あーもう、寝よう。こういう時は、寝るに限るってば」
 大きな独り言を呟くと、膝立ちになって背伸びをする。風呂に入って寝てしまえば、もう明日だ。服を脱ぎ散らかして、浴室に入る。明日は休みだから、片付けは後でいい。土ぼこりのついた髪を綺麗にして、汗を石鹸で洗い流して。シャワーのお湯を止めると、少し心もすっきりしたように思えてくる。身体を一通り拭き終えたところで、玄関の呼び鈴が鳴った。
「誰だってばよ」
 こんな夜中に呼び鈴を押してくるのは、旧友くらいだ。さしづめ、キバあたりか。任務明けの差し入れにと、エロ本でも持ってきたのだろう。余計なことをしてくれる。寝たふりでもしようかと思案するが、玄関先からは思ってもみない声が聞こえてきた。
「ナルト、帰ってるー?」
 ごしごしとタオルで髪をこする手が、ピタリと止まる。
「え?サクラちゃん?え、ちょっ、ちょっと待って!」
 とりあえず、何だ。何をすればいい。部屋の掃除は諦めるとして、まずは服を身に着けなければなるまい。タオルを腰に巻いて浴室を出ると、タンスからなるべく最近洗った服を取り出す。
「今、出るから。もうちょい……」
「別に急がなくていいよ。部屋の灯りが付いてたから、ちょっと寄ってみただけだし」
 そのまま寝てしまわないで良かった。灯りをつけていて良かった。汗をシャワーで流した後で良かった。色んな偶然に感謝をしながら、ナルトはさっさと衣服を纏って玄関へと向かう。
「ごめん、待たせちゃって」
 ドアを開ければ、忍装束のサクラが居た。少し見ない間に、また綺麗になった気がする。多分、それは自分の贔屓目だけではない。女というのは、年を重ねるごとにその身を美しく変えるのだという。師が遺した言葉だが、さすがはエロ仙人。よくわかっている。この顔を、この姿を見飽きる日なんて、やって来るのだろうか。
「もしかして、帰ってきたばかり?」
「うん、今風呂入ったとこ。部屋ん中、まだ掃除してないから汚いんだけど、上がってってよ」
 サクラは、お邪魔しまーすと間延びした声で言うと、お土産でも持ってくればよかったと呟く。そんなこと、気にしなくてもいいのに。なんでもない一言が、嬉しくて仕方ない。ソファ代わりになっているベッドに座ると、サクラは人心地ついたように息を吐いた。ティーパックのお茶を出して、二人、他愛のない会話をしばし交わす。
「そういやサクラちゃん、今は任務についてないの?」
「ん?明日まで休みで、それから出発。今回一緒なのはね、サイとシカマルとキバ。珍しい組み合わせでしょ。比較的ランクが高いけど、あの三人が居れば楽に動けるわね」
「へえ、いいなあ」
「でしょー。あいつらだったら、気分的にも楽だしねー」
 そういう意味ではないのだが、サクラは勝手に解釈して話を進めてしまう。
「オレ、思うんだけど……綱手のバァちゃんさあ、サクラちゃんとオレを一緒に組ませないようにしてねえ?オレね、サクラちゃんの顔、見たくなるの。任務終わった時とか、部屋で一人で居る時とか、すんげえ会いたくなるんだわ」
「こんな顔でよければ、いつでもどうぞ」
 にこりと笑って言われるのだから、堪ったものではない。昔から、こんな風にかわされてばかりだ。常にギリギリの自分に比べて、隣の想い人はいつだって余裕なのだ。こんなの不公平だと、子供のように不貞腐れてしまう。
「じゃあ、オレと一緒に住む?」
「そうだね、いつか住めればいいね」
「オレ、本気だよ?」
「……ナルト?」
「こんなこと、冗談じゃ言えないってば。オレんとこ来てよ。一緒に住もう?ここが狭いっていうんなら、引っ越したっていいし。会いたい時に会えないなんて、そんなのもう嫌なんだ。一緒に朝起きて、一緒にメシ食って、一緒の布団で手ぇ繋いで寝よ?」
 一度言葉にしてしまうと、身体がどうしても動いてしまう。細い手首を掴むと、腕の中にサクラを収める。
「オレと、一緒に暮らしてください」
「……そういう言い方、反則だと思うんだけど」
「サクラちゃんと一緒にいられるんなら、反則でも何でも使うよ、オレは」
「それに、順序が違う」
「順序って、どういうこと?ねえ、サクラちゃん、オレは本気で……!」
 サクラはナルトの口を塞いで言葉を遮ると、舌を絡めるキスをした。驚いたナルトがバランスを崩し、後ろによろける。それでもサクラは、逃げ道を塞ぐようにナルトの首筋に手を当て、ナルトの舌を探る。触れるだけの口付けではなく、本気で求めた。
 思えば二人は、プラトニックでいる時間が長すぎた。サクラが自分の想いに気づいてからも、お互い想いあっていることを確認してからも、小さな子供が戯れるような関係で居続けた。だからだろう、一緒に暮らそうと言われても、その延長線の上、それこそ幼い頃の飯事のようにしか思えないのだ。
 自分たちはまだ、男女の関係になっていない。そういう「儀式」をちゃんと済ませてから、「一緒に暮らそう」という言葉が欲しかった。
「順序って言葉の意味、わかる?」
「……何するかわかんないよ?オレんこと、嫌いになるかもしれない」
「今更、嫌いになんてならないよ。ナルトは私のことを大事にしてくれるけど、一緒に暮らすのはまだ早いと思う。私はね、ナルト」
 せつなげな瞳で自分を見てくるナルトの頬に手をあてて、サクラは続ける。
「ナルトが思っている以上に女なんだよ」
「そんなこと言ったら、オレだって、男だ」
 鼻先をサクラの肩にこすりつけると、抱く力を強くする。
「嫌われるのが嫌だから、我慢してんの。知らない振りしてんの。いらない見得張ってんの。大事にしてるなんて、嘘っぱちだ。サクラちゃんに言われたからじゃないよ。オレも、男なんだ」
 先ほどサクラが仕掛けたようなキスをする。だけど、サクラは驚かない。らしくないことをしてるのに、乱暴なことをされるかもしれないのに。サクラの手は、遮るどころかナルトの身体にぎゅっとしがみついてくる。それがサクラの答えなのだと結論付けると、そのまま身体を押し倒した。





 部屋の中、シャワーの水音がやけに響いた。その音が止まるたび、心臓が跳ねる。
 服を脱がせている途中、お風呂に入らせて欲しいというというサクラの言葉で、二人は一旦身体を離した。もう二度と触れられなくなるわけでもないのに、手を離す瞬間、名残惜しかった。
 うろうろと熊のように部屋の中を歩き回っていたが、ドライヤーがどこにあるかとか、タオルを追加で欲しいとか、そういうことを聞かれる可能性を考えて、浴室のドアの脇に腰を下ろす。だが、そんなのは単なる言い訳であり、少しでも近くにいたいというのが本音だった。
「オレ、心臓麻痺で死ぬかも……」
 これ以上ない緊張感に、ナルトはガックリと項垂れた。臆する反面、そんなわけにはいかないと自分を鼓舞する。パン、と頬をひとつ張ると、気合を入れてから顔を持ち上げる。その直後、ドアが開き、ナルトの後頭部を直撃した。
「あでっ!」
「ちょっ!あんた、なんでそんなとこに……」
 振り向くと、ドアの隙間から、その身にタオルだけを巻いたサクラの姿が見えた。かあっと体温が上昇し、一瞬、金縛りにかかったように動けなくなる。簡単に言えば、見惚れたのだ。ナルトの視線から目を逸らし、サクラはドアを閉めようとする。それを止めたのは、ナルトの手だった。少し空いた隙間に身体を滑り込ませる。後ろ手にドアを閉めるのと、キスをするのは同時だった。
 サクラは今まで、ナルトに「男」を感じたことは、ほとんどなかった。だが今、こうして腕の中に抱かれていると、この人にも雄としての部分があるのだなと思う。舌を絡めるキスなんて、数えるほどしかしていないのに、受け止めるだけで精一杯だ。女として生まれたからには、こんな愛され方をしたい。ナルトの想いに応えるように、両腕を首の後ろに回した。
「ごめんね、サクラちゃん」
 唇を解放されてほっと息を吐くサクラに、そんな言葉が掛けられた。
「どうして、謝るの?」
「なるべく優しくしたいけど、オレ、加減とかわかんないし、その、やり方とかもあやふやで……」
 ナルトは女の身体を知らない。それどころか、その身に受けるはずの愛情も、幼い頃に浸るべき体温も、母親の匂いも、何一つ知らずに育った。不安の根っ子にあるのは、そういうことだった。何も知らない自分が、ひとたび肌に触れればどうなるのか。自信がない。
「でもさ、好きなんだってば、サクラちゃんのこと。これだけは、絶対、一生変わんない。他の女の子じゃどうしてもダメで、だからオレ、」
 好きで、好きで、後姿を追いかけている時間すら幸せで。
 振り向いてもらえるまで、五年以上。隣を歩く想い人を見下ろしては、都合の良い夢じゃないかと疑う日々が続いた。
「辛い思いさせちゃうかもしれないけど、いい……かな?」
 捨てられた子犬みたいな顔で、そう問いかけてくる。その答えを、サクラは言葉で返さない。つま先立ちになると、額に、瞼に、頬に、優しく口付ける。
 この人を愛したい。一生かけて、愛しぬきたい。サクラの中に芽生えたのは、そんな感情だった。
「いいよ。あんたに、うずまきナルトに、全部あげる。だから、そんな顔しないの」
 ぎゅっと鼻を摘むと、ナルトの顔が、泣きそうに歪んだ。
 部屋の灯りは、暗いほうがいいだろうと思い、消しておいた。ベッドは窓際にあるし、自分たちは夜目が利く。月明かりがあれば、顔を見ることは容易い。抱き上げた身体は軽く、抱えたサクラの身体を慎重にベッドへ横たえると、ナルトはTシャツを脱いだ。
「あったけ……」
 人肌が恋しい、という言葉がある。それがどんな気持ちなのか、今までナルトはうまく想像ができなかった。だが、サクラと素肌を合わせた今、人の温度が恋しくなる理由がよくわかった。その心地よさに、酔いそうになる。しばし、互いの身体をまさぐるだけで、時間は過ぎていった。
 どうか、力の加減が出来ますように。ひたすらに念じながら、ナルトは乳房に触れる。それは予想以上に柔らかく、指先を少し曲げるだけで、自在に形を変えていった。
「痛くない?」
「ん、大丈夫……」
 目を瞑ったサクラが、掠れた声を出す。こんな声を聞き続けていたら、理性の糸が焼き切れてしまう。そうは思えど、声を聞きたいという欲望は膨れ上がるばかりで、ナルトを追い込んでいった。
「……あ、待って……」
 右の頂きを舌先で遊ぶと、初めてサクラが行為を止めようとした。ナルトはそんな声を聞くことなく、今度は左の乳房を親指でなぞる。
「身体、おかしくなる……」
 その身を捩じらせて乞う姿は、サクラが初めて見せる女の顔だった。それを見たナルトの手は、さらに激しく動いてしまう。嫌われたくない、なんて言ったのはどの口か。何かを堪えるようなサクラの顔を見て、さらに欲情してしまったなどと知れたら一体どれだけの罵詈雑言を浴びることだろう。
「オレなんて、とっくにおかしくなってる」
 するすると手をおろし、茂みを探ると、サクラの身体が小さく跳ねた。少ない知識とわずかな理性を総動員して、割れ目をなぞる。ともすれば自分が何をやっているのかわからなくなるので、余裕なんてひとつもない。おそるおそる指を入れれば、少しの抵抗と共に根元まで吸い込まれていった。
 サクラとて、くの一のはしくれだ。クナイや千本に大鎌、ある時などは刀剣で急所を貫かれたことさえある。つまり、痛みにはある程度耐性があった。それでも、本能的に「怖い」と思う。戦場では怖いもの知らずのように振舞っているが、ナルトの前ではただの女になってしまう。
「ごめん、痛いだろうけど……」
「でも……ん!わかって、るから、」
 そう言うと、身体にしがみつく力が、強くなる。指の本数を増やしただけで、辛そうな顔をしている。正直に言えば、すぐにでもこの身を沈めたかった。下着の中、竿はすでに反り返っている。だが、これから起きることを考えると、きっとこうやって慣らすのがいいのだろう。こんなこと、誰に聞けばいいのかわからない。試されているような気がして、何をするにも臆病になった。
 手が震えて、慣れない避妊具を付けるのに苦労をした。何度も念を押した後、先をあてがい、少しずつ中に入っていった。シーツを握っていたサクラの手が、背中に回される。
「あっ……!」
「もうすぐ、だから、」
 この上ない非道を働いているようで、罪悪感さえ生まれてくる。それでもサクラは、「痛い」とも、「やめて」とも言わなかった。生まれてこの方、一度も感じたことのない甘やかな痛みを受け入れようと、必死だった。そしてナルトは、その身を襲うたとえようもない快楽に溺れぬよう、自分と理性とを結ぶ最後の糸をぐっと掴んで離さない。相手を労わるのは、お互いまだ難しい。それでも、繋がりを持てたという充足感と、一つになれたという幸福は、共有できた。





「やっぱり、まだ一緒には住めない?」
 隣で寝そべるサクラに手を伸ばし、寂しそうにナルトは言った。そんなナルトの頭を、サクラは両手でぐしゃぐしゃにする。
「なんで子ども扱いするんかな……」
「まず、自立することからはじめないと」
 実家暮らしのサクラは、片手間に家事を手伝うことはあれども、苦労をしたことがない。熱を出せば、看病をしてくれる相手が居た。くたくたになって帰ると、暖かい料理が待っていた。ごく当然のものと享受してきたそれらを、手放すことからはじめてみよう。
「半年くらい?」
「時期はまだなんとも言えないけど……」
 すぐにでも一緒に住みたいのだと、ナルトの瞳が言っている。哀しい思いはさせたくないが、それ以上に失望されたくなかった。ちゃんと、自分一人で生活ができるようになってから、改めてナルトと向き合いたかった。
「待つの、苦手?」
「あんまり得意じゃない」
「できる限り頑張るから、もう少し待ってくれるかな」
「……一緒に暮らすのは待つけど、今日だけは隣に居て欲しい」
 ナルトは、サクラの手を掴んだまま、離そうとしない。こういう時、忍稼業は楽だと思う。急な任務だと言えば、両親の口を黙らせることができる。アリバイを作る相手にも苦労はしないし、明日までは休みだ。
「私も一緒に居たいから、泊まらせてもらうね」
 掴まれた手を握りなおし、サクラは隣へ擦り寄る。
 一緒に朝起きて、一緒にご飯を食べて、一緒の布団で手を繋いで寝る。
 何の気負いもなく、そんな生活ができればいい。




2008/01/07