正しい道



正しい道




「先生、大丈夫?怪我、してない?」
 声のする方角に目を向ければ、サクラが小走りで駆け寄ってきた。
 確か、チヨばあさまに付きっきりだったはずだと思考を巡らすも、これだけ砂の忍が集まっているのだから同じ里の者に身を預けるのが当たり前かと結論付ける。
「動けないのは、単なるチャクラ切れ。サクラの世話になるほどの怪我はしてないよ」
「となると、またダメダメ?」
「そーなるねぇ。ハハ……」
 から笑いをするカカシに不安を覚えたのだろう。本当に異常がないのか、サクラはカカシの身体に手を翳す。その間に砕けた会話を交わすも、少し前の泣き顔はどこへやら。いつものサクラに戻っていた。
 ふとした拍子に下へと視線を移すと、衣服がボロボロになっていることに気づいた。掠ったように、左脇腹へ一箇所。そして右の腹部には、大きく穴が開いている。
「これは……貫通してるな。暁か」
「ああ、これ?うん、そう。でも、平気。チヨばあさまが……」
 そこで、サクラは口を噤む。何かを堪えるように、ぎゅっと唇と噛み締めるばかりだ。カカシは、何かを言おうとするサクラを黙って見守る。
「……しか」
「うん?」
「身体ぐらいしか、差し出せるものがなかったんです」
 重い口を開き、サクラは語りだす。震えそうになる喉を無理やりに抑えているためだろう、声は常よりも小さく、弱々しい。
「本当に凄かったのは、チヨばあさまだもの。私は、この身を預けただけ。チヨばあさまが居なかったら、私、あそこでとっくに死んでた」
 訥々と紡がれる言葉を、カカシは静かに受け止める。
「何の役にも立たなかった。この傷だって、そう。私にもっと力があれば、こんな傷を作ることはなかった。我愛羅くんのことだって……サソリと戦った時、チヨばあさまにあれだけチャクラを使わせたのは、私だもの。ナルトが居なかったら、きっと……」
 出てくるのは、自責の言葉の数々。語調は段々と強くなり、爪が手のひらに食い込むのではないかと思うほど強い力で拳を握っている。
「サクラ」
 カカシは続く声を断ち切り、サクラの名を呼んだ。だが、サクラは顔を伏せたまま、何の反応も返さない。垂れる前髪に隠れて、表情は見えなかった。
「サクラ、泣きなさい」
「泣きたくない」
 頑なに首を振る。その声には、端々に強い意志が漲っていた。
 この娘は本来、泣き出すと止まらない性質だ。あんな少しの涙では、泣いたうちに入らない。
「いいから、泣きなさい」
「弟子入りした時、師匠に泣くことは恥だと思えって言われたの。私は、師匠を超えるくの一になるんだもの。言いつけを破るのは、あれで最後。だから、私はもう泣かない」
 泣くことは恥。なんとも五代目らしい台詞だと思う。
 忍に感情はいらない。涙を流すことなど、もってのほか。仲間の死を粛々と受け止め、次の任務に向かうのみ。
「なあ、サクラ。この部隊の隊長は誰だ?」
「えっと、カカシ先生だけど……」
 質問を変えると、困惑気味な声が返ってくる。意図が読めないのだろう。それが何?と目が訴える。カカシは右目をすっと細めると、かろうじて動く左手でサクラの頭を優しく撫でた。
「じゃあ、上官命令だ。泣きなさい」
「なんで……」
「与えられた命令に、理由はいらない。五代目ならそう言うだろうな」
「先生、なんでそんなこと言うの?泣いたからって何も変わらない。だったら、もっと感情をうまくコントロールする術を……」
「忍であることを離れるのも、時には必要だよ。サクラ、泣き足りないだろう?泣ける時に、泣きなさい。声を出して、泣きなさい。泣き方を忘れる前に、泣きなさい」
 そうしないと、きっと潰れてしまう。今のサクラにとって、泣くという行為は必要だ。溜まった澱は、いずれ返す刀となって自身を傷つける。
「なんでかなあ」
 こつりと額をカカシの肩にあてて、自嘲気味に吐き出した。
「先生にはどうしてわかっちゃうのかなあ。我亜羅くんが生き返ったこと、本当に嬉しい。テマリさんもカンクロウさんも、砂のみんなも喜んでる。だけど私はその反面、チヨばあさまの死をまだ受け止めきれてないの」
 そう呟くサクラの後頭部を少し強めに引き付ける。すると、小刻みな震えは、やがて大きな慟哭となり、サクラの身体を大きく揺さぶった。周囲に人が多いせいだろう、カカシの肩口に唇をぎゅっと押し付けると、泣いていることは気づかれずにすみそうだった。ナルトは我愛羅やテマリ、カンクロウと話をしているし、ガイ班は互いの無事を確認しあっている。
 邪魔をするものは、何もない。泣けばいいのだ。思う存分。



「先生」
「ん?」
「私、強くなるね」
 それ以上腕っ節を磨かれても、などと混ぜっ返しながら、涙の跡を親指でそっと拭う。さんざん泣いたからだろう、幾分晴れたサクラの顔を前に、カカシはチヨばあさまの遺言を思い出した。
 これからの未来は、今までとは違うものになる。
 この娘は、いや、この娘達はきっと、正しい道を歩むことだろう。先人達の作った慣習をものともせず、暗闇を模索しながら、逞しく未来を切り拓いていくだろう。
 カカシは、そう確信した。






※原作だとあんま泣いてないのよね、春野さん。



2007/10/19