詐欺師、現る



詐欺師、現る




「悪いな、時間がねェんだ」
 部屋の中に入るなり、男は欲の走った目つきで紅の身体を見た。
「時間がないなんて……すぐに帰るつもり?」
「安心しな、たっぷり可愛がってやる」
「あら、嬉しい」
 紅は、すっと目を細めて男の首筋に腕を絡めた。そして両手を重ね、チャクラを一気に練り上げる。
「続きは夢の中で、ね」
 その声と共に周囲の景色がぐらりと歪み、男は眠るように意識を失った。紅は、一息つくと天井を仰ぎ、煙草をふかしているはずの大男を呼ぶ。
「アスマー。アースマー」
「うーい」
 だるそうな声に続いて、すっと天井から降りてきたのは木ノ葉の上忍、猿飛アスマだ。
「あー、肩凝った。後はよろしくー」
 アスマの姿を認めると、慣れない着物姿が窮屈なのだろう、紅はこきっと肩を鳴らして部屋の隅に移動する。手には、徳利とお猪口。そんな背中を見ながら、詐欺だよなぁ、とアスマは胸中で呟いた。黙って立ってりゃいい女なのに、気を抜くとすぐこれだ。
「いつもながら手際がいいねぇ。コロっといっちまった」
 ぐったりと倒れこむ男の顔を凝視しながら、アスマが言う。
「いい加減、同じような任務ばかりで疲れてきたわ。実戦の勘が鈍ったらどうしてくれるのよ。こんなことなら、さっさと上忍になっておくんだった……」
 紅は、ぶつぶつと文句を言いながら、自棄酒をあおる。
「そう言うなって。任務成功率はズバ抜けてんだしよ。こいつで一体何人目だ?」
「えーと……ん?あらやだ、これで五十人斬り達成だわ」
 指折り数えてさらりと言う。洗練された身のこなしと、匂いたつような色香。それに加えて演技も達者で、話術にも長けている。これほど男相手の密偵に適した人物はいないだろう。実績を重ねすぎた今となっては、諜報部隊が手放すかどうか。
「お前と一緒に仕事してると、女にゃ気をつけようと心底思うよ」
 煙草を口端にぶら下げながら、アスマは男の荷物を漁る。
「上忍ってだけで、女は近寄ってくるものねえ。据え膳食わぬは男の恥、と」
「おいおい、オレぁそこまで無節操じゃねえぞ。下手な色仕掛けに引っかかるかよ。お、あったあった」
 男の懐から、信書が出てきた。今回の任務は、盗まれた信書の奪還と、それに関わる全工作員の確保。女にめっぽう弱いというこの男から情報を引き出し、芋蔓式にすべての工作員を吊り上げようという腹積もりだ。アスマはベストのポケットから写しを取り出すと、それと信書とを照らし合わせる。
「どう?本物?」
「ん、間違いねえな。お疲れさん」
 布団の脇に置いてある灰皿に煙草を押し付けながら、アスマが言う。あとはこの男を尋問部隊に引き渡せば、こちらの任務は完了だ。
「ちょっと、何で新しい煙草取り出すのよ」
「お前の幻術が、そう簡単に破られるかよ。ここ数日張り付きっぱなしなんだ。俺もちったあ休ませろ」
 そう言うと、どかりと腰を落ち着けて、うまそうに煙草をふかす。連れ込み宿の安っぽい空気を伝い、紅の元に煙草の匂いが遅れて届いた。
「本当にその気あんのか?」
「その気って?」
「言ったろ、上忍になっときゃよかったって。もしその気なら、オレの名前も使っとけよ。これでも一応、『猿飛』なんでね」
「そうねえ……伝手はいくつかあるんだけど、それでも無理そうなら駄目押しに使わせてもらうわ」
「そうしとけ」
 紅は、そのざっくばらんな人柄からか、上忍連中にも顔が利く。何度か上忍昇進の話を貰っただろうし、推薦者の見繕いにさして苦労はしないだろう。何より、火影からの信頼も厚い。残る問題は、諜報班への根回しのみ。だが、紅のことだ、何のしこりも残さずに後釜を据えるだろう。紅は、アスマのように帳尻あわせの大雑把な仕事をしない。仕事の緻密さには定評があるし、アスマもその点は一目置いていた。
「しっかし、気持ちよさそうに落ちてやがるな、この野郎。いつも思うんだが、お前、連中に何を見せてるんだ?」
「ん?何って、色々よ」
「色々って、お前」
「だって、本当に色々だもの。この手の任務だと、標的が最も欲している情報を入れてあげるのが定石ね。より長く、より確実に落とし込むためには、深層心理を引っ張りあげて、その場その場で具現化させるの。だから、幻術をかけた相手が何を見ているのか、私にもわからないわ。一番幸せだった頃の記憶を反芻しているのかもしれないし、赤ん坊に戻っているのかも」
「ったく……何見てやがんだよ。締りのねえ面ぁしやがって」
 そう言ってアスマは、五十人目の標的となった男の頬をペシリと叩く。反応はなく、深く術に嵌りこんでいるのが容易に知れた。
「案外、お楽しみの最中かもね」
「お楽しみって、お前とか」
「私以外、誰がいるのよ」
「そらそうだわな」
 アスマは、ふーと煙草の煙を吹きあげて口を閉ざす。紅は手酌で酒を飲んでいるし、二人とも手持ち無沙汰なことはない。だが、沈黙が少しばかり重かった。
「気になるなら、見せたげようか?」
「何を」
 紅は笑みを浮かべながら、簡単な印を結んでみせる。『お楽しみ』とやらを見せてやろうということか。冗談はよせ、と切り返そうとするも、続く言葉がアスマの口を塞いだ。
「でも、幻術でいいの?」
「は?」
「それで、満足できる?」
 煙草の灰が、畳に落ちる。視界の端でそれを捉えながらも、アスマは身動きをとれなかった。衣が擦れる音、裾から覗く白い肌。一瞬で、全神経を奪われた。
「はい、今ので五十一人目」
 ぱん、と両手を叩く軽快な音に、アスマはやっと我に返る。
「今の、完璧にやられてたわよ。下手な色仕掛けには引っかからないんじゃなかったの?しっかしりしてよね、上忍さん」
「おっまえなあ……」
 背後の柱に背を預け、がしがしと頭をかきむしる。
 やっぱりこいつは、天性の詐欺師だ。






※NARUTOの世界観でくの一お色気忍法帳というのは、正直ピンときません。暗殺には暗部が居るし、任務のたびに身体差し出すってのはリスクが高すぎると思うのです。もっと軍事に特化した戦闘集団な気がする。




2007/12/11