花とみつばち



   二.


 その日、紅班は久しぶりに三人揃った任務についていた。父親との特別任務で数ヶ月里を空けていたのだが、キバの落ち着きのなさやヒナタの控えめな態度は相変わらずで、シノは少しばかり懐かしい気分を味わっていた。それは二人も同じらしく、滞りなく任務を終えた後、近況報告がてら三人で会話を楽しんでいた。
「あ、やべ。今日、姉ちゃんに早く帰ってこいって言われてんだった。悪ぃけどオレ、先帰るわ」
 拝むように片手を構えると、キバは赤丸に跨る。
「じゃあ、また明日な!行くぞ、赤丸!」
 赤丸の鳴き声と共に、キバの姿がさっと目の前から消えた。よほど急ぎの用らしい。その慌しさもまた、いつものこと。慣れたものだ。
「なんだか話し込んじゃったね。私達も帰ろうか」
「なあ、ヒナタ」
 一歩踏み出そうとするヒナタの足を、シノの声が引き止める。
「うん?何?」
「帰る前にひとつ相談があるのだが、時間は大丈夫だろうか?」
「シノくんが?私に?」
 ヒナタはひどく驚き、目を瞠る。無理もないだろう。一緒のチームになってからもう二年以上経つが、シノが個人的に相談ごとを持ちかけるのは初めてのことだったからだ。
 こくりと深くシノが頷くと、ヒナタの顔はたちまちにぱあっと輝き、満開の笑みとなる。信頼をされていることが嬉しくて仕方ない。そんな様子だ。
「私で役に立つのなら、喜んで」
「先日、世話になった奴がいてな。その礼をしたいのだが、もし贈り物をするとしたら何がいいだろうか?」
「お礼かあ。それって男の人?それとも、」
「後者だ」
 間髪入れずにシノが言う。
「女の人か、そうだなあ。お花はどうかな?きっと喜ぶと思うよ」
「花、か」
「えっと、お花が嫌いな人……なのかな?」
 いつになく悩んでいるシノを見て、ヒナタは首をかしげる。
「いや、嫌いではないんだが……その、なんだ、」
 礼をしたい相手というのは他でもない、花屋の娘である。花屋の娘に花を贈るというのもなんだか妙な感じがするし、大体、その花はどこで手に入れればよいのだろうか。木ノ葉隠れの里には、何軒か花屋がある。他の花屋で買った花を贈るなんて、喧嘩を売るにも等しい行為だ。
「……くん」
 では、野に咲く花を贈ろうか。シノは花を摘む自分の姿を想像するが、冗談でも似合うとは言えない。誰かに見られでもしたら、一生笑いものにされそうな気がする。大体、自分にはその辺の知識が綺麗さっぱり欠けているのだ。花に寄り付く蟲についてならば、誰よりも知識に長けていると自負をしているが、世の中うまくいかないものだ。
「シノくん?」
「ああ、すまない。少々考え事をしていた」
「あのねシノくん、もし間違っていたらごめん。そのお礼がしたい女の子って、もしかしていのちゃんだったりする……のかな、なんて」
 その名を聞くと、我知らず顔がかあっと赤くなった。心拍が荒い。体調は万全だったはずだが、久々の任務で無理をしたのだろうか。自らの急変に、シノは大いに戸惑った。ぐるぐると回る頭を他所に、その喉からは返事ひとつも出てこない。
「違ったかな?お花がダメなら何だろうな。私が知ってる人だったら、何かもっとアドバイスしてあげられるんだけど」
 せっかく、役に立てそうだったのに。ヒナタはそう心の中でひとりごちると、残念そうに顔を伏せた。
「いや、違うことはなくて、だな」
「あれ?やっぱり、いのちゃん?」
 無言で肯定するシノを見て、ヒナタは両手をぱちんと合わせた。
「よかったあ!お花って聞いて困ってたから、もしかしてと思ったの。いのちゃんの好きなものだったらわかるよ。いのちゃんね、プリンが好きだから、色んな種類を包んでもらったらどうかな?」
「プリンか」
 これまた疎い分野だ。先ほどから鑑みるに、どうやら自分は相当の浅学らしい。美味いプリンの店など知らないし、興味もない。さて、どうするか。しばしの間、考えこむ。
「お店に一人で並ぶのが嫌だったら、私も行こうか?」
「いや、これ以上ヒナタの手を煩わせるわけには、」
「同じチームなんだから、それぐらいなんてことないよ。前ね、いのちゃんとサクラちゃんと三人で食べに行った甘味屋さんがあるの。そこのプリンはいくら食べても飽きないって言ってたから、いのちゃんきっと喜んでくれるよ」
 並んで歩くヒナタは、いつになく上機嫌だった。言葉を遮ってまで一緒に行ってくれるというのだから、心強い。日ごろ蟲ばかり相手にしている自分を省みるきっかけにもなった。今日は良い日だ。
「こういうのも、いいものだな」
「こういうのって?」
「任務を離れて会話をするのも、悪くない」
「そうだね。一緒に買い物に行くのってはじめてだから、ちょっとわくわくするね」
 同じチームのよしみだ、キバもいれば良かったと思う反面、あの男が一緒だと厄介だとも同時に思う。口が固いとはお世辞でも言えないキバのことだ、あることないこと吹き込まれても困るというもの。
「その店は、遠いのか?」
「いのちゃんのお店の近くなんだ。いのちゃんがお店番してるかもしれないから、こっそり行こうね」
 そう言って、ヒナタは楽しそうに笑った。思えば、ヒナタのこんな顔をはじめて見る。
 やはり、今日は良い日だ。
 すべてのきっかけとなった山中いのに感謝をしながら、帰り道を歩く。







2007/12/04