星の綺麗な夜だった。 木ノ葉の隠れの里は、厳しい冬を迎えるための準備期間に入っている。その最たるは夜の空。空気が澄んでいるからだろうか、日を追うごとに星の輝きが眩しくなる。忍装束の上にショールを羽織った格好で、サクラは自室の窓辺に佇んでいた。ふと視線を斜めにずらせば、今も昔も変わらず部屋に飾ってある写真が瞳に映る。睨み合っているナルトとサスケ。そんな二人に挟まれて笑っている、自分。七班の関係をよく表している写真だと、つくづく思う。 サクラちゃんと一緒にサスケに近づいている気がする。 確かにナルトは、そう言った。素直に喜ぶべきなのだろう。賛同すべきなのだろう。だが、その言葉にサクラは少しの引っ掛かりを覚えた。結局、自分とナルトを繋ぐのは、サスケという男の存在しかないのだ。サスケを介さなければ、ナルトとわかりあえない。何ひとつ分かち合えない。そう突き付けられたような気がした。 復讐という呪縛に囚われたサスケを、救い出したい。その思いはサクラとて同じだ。だが、そのためにナルトが命を落とすなんてことがあれば、本末転倒にもほどがある。意味が無い。三人のうち、誰が欠けてもダメなのだとナルトはわかっているのだろうか。いや、わかっていない。だからこそ、あんな能天気な言葉を吐けるのだ。 今年一番の冷え込みだという寒さのせいだろうか、どうしようもない焦燥と寂寥がサクラの胸を詰まらせる。一分の隙もなく、完璧に。うまく呼吸ができない。 いてもたってもいられず、ショールをベッドに放り投げ、サクラは窓から飛び降りた。冷たい夜の空気が喉を通り、やがて肺を満たす。身体が冷えて少しは気が紛れるかと期待していたのだが、持て余す感情からはどうやっても逃れることができなかった。 無我夢中で里内を駆け抜け、気がつくとナルトが暮らすアパートの前に居た。部屋の明かりは煌々と灯っている。家主の優しい心根をそのまま映しているかのようだ。その光に吸い寄せられるように、サクラは部屋の呼び鈴を鳴らした。 「はいはーい。誰だってばよー」 私、と声を出そうと思ったのだが、それを待たずしてドアノブはあっさりと回される。忍びなのだから、もう少し警戒心を持ったらどうかと怒鳴りたくなるぐらい、無防備だ。 「あれ?サクラちゃん。どしたの?急な任務か何か?」 「任務とか、そういうんじゃないんだけど……」 適当に用件をでっちあげようと思うのだが、頭は思うように働いてくれない。 「つーか、サクラちゃんそんな格好で寒くない?とりあえずさ、部屋ん中入って入って!ちと散らかってるけど、勘弁な」 夕食に使った食器がそのまま机の上に放置され、床には巻物が散らばっている。いつも通りの部屋だ。 「うち、椅子ないからさ。ベッドでいい?あ、別に何もしないから大丈夫だってばよ?」 ベッドという単語以外は、耳を素通りした。機械的にベッドへ歩み寄り、腰を落ち着かせる。 「えーと、何か飲む?つっても牛乳ぐらいしかないんだけど……」 首を左右に振ると、ナルトは手持ち無沙汰な様子で部屋を眺める。 「手」 「うん?」 「右手、調子どう?」 「あ、右手ね。わざわざそれ聞くために来てくれたの?サクラちゃんってばやっさしー!オレさ、昔っから回復力には自信あんだよね。あと一日もすれば包帯も取れるってば」 包帯を巻きつけた右手を持ち上げ、ニカリと笑う。 「前にも言ったけど、簡単に治るものじゃないんだからね?過信すると痛い目みるよ」 「つってもさー。こうのんびりもしてられないじゃん。サスケはあんなに強くなってんだし」 ナルトが口ずさんだ「サスケ」という名前に、我知らず胸を突かれる。その名は、特別な響きをもって、サクラの耳に届いた。 「オレも、あんな勢いでガーッと強くなりてえ。もっと、力つけないとな」 「あんたはあんたでしょ。サスケ君とは違うわ」 「けどさ、あいつ追い越さないとさ、はじまらないじゃん。サクラちゃんが居てくれるから、多少の無茶はヘーキかな、とか思うわけで。へへっ」 「……わかってて言ってるのかな、あんたは」 サクラは、自分の髪をぐしゃりと掴んで、低く呟いた。 「わかってるってばよ?なんたって、一生の約束だもんな。ぜってー守ってみせる。サクラちゃんが心配することなんて、なーんもないってばよ!」 ナルトは、床にしゃがみこんで巻物を整理している。ベッドから離れること、せいぜい二メートル。手を伸ばせば、届くはず。だというのに、どうしようない溝が横たわっているのを実感した。自分とナルトでは、心の在りようが激しくズレている。 「何もないって、どういうこと?」 「へ?いや、だからさ、サスケは何があってもオレが連れ戻す。この命に賭けてもだ!」 あまりにも無邪気すぎる言葉だった。命を賭けるなんて、どの口が言うのか。失ったら最後、二度と取り戻せないものなのだと理解した上で、その言葉を用いたのだろうか。 「サスケさえいればさ、全部元通りだってば。俺たち三人、また仲良くやれる。サクラちゃんもさ、大好きなサスケと一緒にいられるってばよ!」 ブツン、とサクラの中で何かが切れた。 「ナルト、ちょっと来て」 「ん?どしたの」 「隣、座って」 床から腰を持ち上げるナルトを他所に、サクラはジッパーを引き下げて、上着を脱ぐ。下のスカートを取り払えば、サクラは鎖帷子とスパッツだけの軽装となった。 「え?サクラちゃん、どうし……」 「いいから黙って!」 サクラはナルトの手を引いて隣に座らせると、その服を脱がしにかかる。もう一刻の猶予も無い。そんな必死さが、表情から伺えた。左手から袖を乱暴に引き抜くと、怪我をしている右手を庇いながら上着を剥いだ。 「ちょ、ちょっと待って、サクラちゃん」 「待たない」 待ってなんかいられない。ナルトはいつだって、自分を高いところに置いておこうとする。大事な宝物を隠すように、手の届かないところへ追いやろうとする。待ってなんか、やるものか。 「サクラちゃん!」 素肌の肩に、ナルトの手が触れる。ナルトは、その柔らかな感触に少しばかり怯んだ。自分などが触ってはいけない。触れたら最後、壊してしまう。そんな臆病さを顔に浮かべて、ナルトは手を離そうとする。しかし、当のサクラがそれを押しとどめた。痕がつくほどに、ぎゅっとナルトの手に自分の手を重ねる。 「ちゃんとここに居てよ……お願いだから」 心配することは何もない、だなんて。悲しすぎる。寂しすぎる。 「あ、あのさ、サクラちゃんが好きなのは、サスケ……だよね?オレってばバカだからよくわかんねぇんだけど、お互いのふ、服を脱ぐってことはその、カカシ先生がいつも読んでる本みたいな展開になるわけで……」 「だとしたら、何」 「だからさ、そういうことは、本当に好きで好きでしょうがない奴と、」 「じゃあ、あんたが好きだって言ったらどうするの!今更何言ってんだって我ながら思うけどね、しょうがないでしょ!認めてやるわよ!」 ナルトの手を離すと、今度は胸倉を掴んで顔を引き寄せる。多分、いや絶対に、自分は泣き顔だ。みっともないとサクラは思う。泣きながら言うことでもなければ、脅すような格好で言う台詞でもない。そうわかってはいても、衝動を抑えることができなかった。 「す、好きって……誰が、誰を?」 「私が!あんたを!自分でも訳わかんないわよ。でも、あんたに置いてかれるのだけは嫌なの。あんたが死ぬかもしれないなんて、絶対に嫌。そう思ったら、あんたと繋がっていたくなった」 呆けた顔で声も出せずにいたナルトだが、サクラの言動を理解すると、途端に顔を真っ赤にさせる。 「つなが……えーと、サクラちゃん……?」 「だって、知らないんだもの。あんたを繋ぎとめる方法が、他に見つからないんだもの。好きだから、あんたのことが好きだから、どこにも行ってほしくないの。これ以上、遠くに行かないで。離れていかないで。置いてかないで」 ちぐはぐだった思考が、綺麗にまとまっていく。そして言葉にすることで、自分の衝動的な行動の意味づけができるようになった。 どうして、ナルトの部屋を訪れたのか。どうして、いきなり服を脱いだのか。どうして、掴んだ肩を離して欲しくなかったのか。 すべてを理解したサクラは、涙でぐちゃぐちゃになった頬を手の甲で拭う。 「えっとさ……なんで繋がってないって思うの?オレら、カカシ班じゃん。一緒のチームじゃん。大切な絆だって思ってるの、オレだけ?」 「あんたと私を繋ぐのって、それしかないじゃない。チームを通してじゃないと繋がりがもてないなんて、そんなの嫌だ。私はあんたと、カカシ班じゃないただの『うずまきナルト』と、ちゃんと繋がってたいの」 すん、と鼻をすすってサクラが言う。まるでダダをこねている子供のようだ。 「へへ……えへへ〜」 聞こえてくるのは、笑い声。視線を持ち上げれば、ナルトはだらしなく頬を緩ませていた。その様が気に入らず、サクラはきっと睨みつけるようにナルトを見る。自分はこんなに必死だというのに。 「ちょっと、何笑ってんのよ……」 「オレさ、オレってばさ、いっつも一方通行なの。オレは好きだって思ってるのに、相手は全っ然そんな気ないの。イルカ先生はオレのこと構ってくれたけど、でもやっぱりそれだけじゃ足りなくてさ。贅沢だってのはわかってんだけど、オレが好きだ!って思った子に、オレを好きになって欲しかったの。そうなったの、サクラちゃんがはじめてだ!やった!スゲー嬉しい!」 ナルトは胡坐をかいたまま、ベッドの上でバタバタと暴れる。子供が二人に増えた。 「あのさ、オレのこと好きだってこと、嘘……なんて言わないよね?ストップ!ごめん、オレが悪かった。ごめんね、ごめんってば……」 一瞬、右の拳を大きく振り上げたサクラだが、その手は力なくベッドに落ちる。たちまちに表情を崩してしまう想い人を前に、ナルトはひどく動揺した。散々悩んだ後、抱きしめてもいいかとナルトが問えば、好きにすれば?とサクラはそっけなく返す。ぎゅっと互いの身体にしがみつくだけで、不思議と満たされた。 その夜、二人は手を繋ぎ、一緒のベッドで寝た。顔を横たえればナルトの顔がすぐ近くにあった。目を合わせると、照れたように笑う。そんなナルトを、心の底から愛しいと思った。憑き物が落ちたように、心は穏やかだ。なんてことはない、手を繋げばよかったのだ。 この人の手を、優しい温度を、ずっと離さずにいよう。サクラは眠りに落ちる寸前、そう誓った。 ※タイトルはサンボマスターの曲名より拝借。つながりたいと思うのは、ごく普通のこと。 2007/11/21
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