花のような人



花のような人




 今日の任務は午前中のみ。空いた午後の時間をどう使おうか、有意義な使い道を色々と巡らせてみたが、朝の出掛けに運悪く母親に捕まり、店の留守番を任された。昼を過ぎた花のやまなかは客足ものんびりとしたもので、そろそろレイアウトを変えようといのは店の外へに出る。すると、人の気配がするのでお客かと思えば、よく見知った金色の頭が花の間から覗き見えた。
「あんた、何やってんの?」
「んあ?見りゃわかるだろ。花選んでんの」
 地面にしゃがみこみ、じぃっと花を見つめながら、ナルトは至極まじめな顔でそう言った。お客ならば、それなりの対応をするつもりだ。逆に単なる冷やかしならば、邪魔になるのでさっさと追い払うのみ。この店の看板娘は、しっかり者なのだ。
「あんたが?花ぁ?誰かに贈るとか?」
 ナルトに花という組み合わせがうまく結びつかなくて、いのは少しの笑いを含みながら問いかけた。
「いや、そういうわけじゃないんだけど……」
 ナルトの反応はといえば、どうにも歯切れが悪く、らしくない。基本的に迷うということをしない性格だし、時折見せるナルトの潔さは、見ていてなかなか気持ちのいいものだった。
「なぁによ、単なる冷やかし?」
「いや、違うってば。そういうんじゃなくて……えーと、育てたことない奴でも簡単に咲かすことできる花って、どういうの?」
 居心地悪そうにこめかみの辺りを掻きながら、ナルトが言う。そういえば、人づてに聞いたことがあった。ナルトはこう見えて、植物を育てるのが好きらしい。なるほど合点がいったいのは、いい客を捕まえたとばかりに店の棚から花の種を持ち出した。
「基本はひまわり、アサガオ、チューリップ、パンジーってとこね。あんた、名前ぐらい聞いたことあるでしょ?」
「それぐらいあるってばよ」
 馬鹿にされたと思ったのか、ナルトは口を尖らせて反論する。
「なら、話は簡単ね。どーする?」
「じゃあ、ひまわりとパンジーにする」
「まいどあり。包むから、ちょっと待ってて」
「あ……のさ、」
 いのは下駄を鳴らせて店の中に戻りかけるも、ナルトの一声に立ち止まる。
「えーと、あとひとつ、花束作れそうなやつ欲しいんだけど」
 やっぱり、贈りものにしたいんじゃないの。そう心の隅で思えど、あまりいじって客を逃すのも勿体無い。いのは無言で頷くと、よさそうな花の種を物色しはじめた。
「あんたさあ、まだサクラ追っかけてんの?」
「余計なお世話だってばよ」
 返ってくる言葉で、それとなくわかる。状況は、相も変わらず芳しくないらしい。それもそのはず。ナルトの想い人は、同じ班に所属するもう一方の少年に恋をしている。それも、並々ならぬ思慕を抱えて。
「引き際ってものを知ったほうがいいわよー」
「いのだって、人のこと言えないってばよ。サスケサスケってうるせえ癖にさ」
「あのね、私は誰かさんと違って盲目的に追いかけてるわけじゃないの」
「へ?何だそれ?」
「わかんなきゃいいわよ。スルーしといて」
 素材の良い人間が近くに居れば、一緒に居たくなるのは自然の摂理。優秀な遺伝子を残したいと女としての本能が察知するのだろう、などといのは悟ったようなことを思っている。今わの際まで口に出す気は毛頭ないが、サスケを追いかけてるより、シカマルやチョウジと過ごす時間の方がいのにとってずっとずっと大切だった。安らげる空間を持っているからこその贅沢。そんなことを口に出せば、サクラは烈火のごとく怒るだろう。
「大体ねえ、あんまり好きだって連呼しすぎると、いざって時に有難みがなくなるでしょーが」
 ただ、サクラに限って言えば、好き、という言葉の重みが違う。痛いぐらいの恋心と、自らの命までをも賭せる一途さ。自分には、到底持ち得ないものだ。だからといって、負けるつもりは微塵もない。自分は、自分なりに恋をすればいい。いのはそれを知っているからこそ、サスケを追いかけていられるのだ。そうでなければとっくにこの恋心は冷えているだろう。
「有難みぃ?」
 ますますわからない。そう言いたげに眉尻を下げて、ナルトは間の抜けた声を出す。
「減るでしょ、価値が。いざっていう時にとっておくものよ、決め台詞ってのは」
「えー、そっかあ?だってよー、変じゃね?好きなら好きって言わないと、伝わんねぇじゃん」
「ま、それはそうなんだけど」
「だったらオレはやめねー。ちゃんと伝わるまで、言い続けるってばよ」
 ふいっと顔を逸らして、ナルトは視線を花へと戻す。その横顔は、頑なで、真っ直ぐで。死の森で見せたサクラの強いまなざしと重なる。ナルトとサクラは、案外似たもの同志なのかもしれない。
「そこまで言うなら止めやしないわよ。どうせなら、さっさとサクラを諦めさせてよね。そうすれば、ライバルが一人減るし」
「サクラちゃんが諦めるわけねえだろ!めちゃくちゃ頑張ってんだぞ!サスケの奴だってなあ、むっつりの癖にいざって時はサクラちゃんを庇うし!あれ、なんだよ!そしたらオレ、脈ねぇんじゃん!」
 一人で喚きちらし、勝手に落ち込んでいるナルトを見て、いのはいつぞやに父が口にしたある言葉を思い出す。
 花を好きな人間に、悪い奴はいない。
 ナルトを見る大人たちの目は、木ノ葉隠れの忍となった今でもなお冷たい。理由はわからぬが、問いただしてはいけない何かがそこにある。だが、こんな性根の人間が捻じ曲がっているはずがない。いのは、改めて確信した。
「誰かに贈るなら、ちゃんと花言葉を覚えておくのよ?」
 特にサクラは、その辺の気配りを重要視するはずだ。生花などの実技はともかく、辞典に載っている事柄ならすべて頭に入っているだろう。種目はもちろん、誕生花や、花言葉まで。
「うーん、花言葉か。どうせなら、前向きで元気でるやつがいい。そんでもって、ちゃんと綺麗な花。そんなのない?」
「贅沢なやつ。まあ、いいけどさ」
 ひとまず種を探す手を止めて、ナルトの横に立つ。
「どうせなら、あんたの好みも聞いておこうか。今、店に飾ってある花の中で、気になるのはある?」
 一種類、サービスしとくから。付け加えた言葉に、ナルトの顔はたちまち弾ける。
 そうしてふたり、花のように笑った。






2007/11/05