作戦会議



作戦会議




「やっぱり、厄介なのは風かあ」
 場所は木ノ葉図書館、閲覧室の窓際。テンテンは、腕を組んで頭を悩ませる。
 中忍試験の本選トーナメント表が発表されてから、すでに三日が過ぎた。一戦目は、何の因果か砂の風使いだ。
 テンテンの十八番は武器攻撃。百発百中を可能にするには、地形、気候、さらには諸々の不確定要素を加味した軌道計算が不可欠だ。あの風を切り裂くとなると、武器に仕込みをかけて時間差で死角を狙うしかない。先の中忍試験でシカマルとの対戦を見たが、相手は腕もさることながら頭も切れる。厄介なことこの上ない相手だ。ぐいっと顎を上げて天井を睨み付ける。
 何はともあれ、打開策を練らなければ話にならない。首を背もたれに預けてひとしきり唸っていると、その視界を桃色の髪がさっと横切った。
「お、木ノ葉の歩く計算機」
「……妙なこと言わないでくださいよ」
 眉根を寄せ、不服そうな声を漏らすのは、五代目火影である綱手の弟子となった春野サクラだ。
「いいじゃないの、誉め言葉だし」
 顔をいったん正面に戻すと、今度は椅子の背もたれを腹に抱える。
「誉められた気がしないんですけどね」
「まーた分厚い本抱えちゃって。医療忍術だっけか。調子はどう?」
 ちなみにサクラは今回、中忍試験に参加していない。サクラの属する第七班が機能していないというのも理由の第一に挙げられるだろうが、今は五代目との修行に専念したいというのが本音らしい。どんな修行をしているのかは皆目知れないが、見るたびに包帯やらガーゼやらが増えているような気がする。今も左手には包帯が巻かれ、額にはガーゼが貼り付けてあった。
「ぼちぼち、と言ったところです。ああ、そういえば本選のトーナメント表見ましたよ」
「見た?ほんとにねー、二期連続で当たるなんて。こういうめぐり合わせなのかしら。リーなんか、『前回の雪辱を晴らすチャンスですよ!』なんて一人で息巻いちゃってるし。暑苦しいったらないわよ。そんなんじゃないっての」
 鬱陶しそうに右手を振るテンテンを前に、サクラはしばし瞠目する。
「あれ?気にしてないんですか?」
 意外そうなその顔に、この娘もか、と内心ため息を吐いた。リーはともかく、師であるガイでさえもリベンジ戦だと盛り上がっているのだ。冷静だったのは、ネジ一人。この調子では、ネジ以外の面々は、全員同じことを考えているかもしれない。
「力の差が明らかだったからね。手も足も出なかった人間が何を言ったって、負け犬の遠吠えでしょ」
「それは……そう言えなくもない、ですが」
 こういう割り切りのできるテンテンを、サクラは密かに尊敬していた。忍とは、いついかなる局面でも冷静沈着を貫かねばならない。そうわかってはいても、切り捨てられない感情がどうしても纏わりつく。サクラは、忍として生きていくには情が厚すぎるのだ。師匠にもそれは指摘されたことであり、事実、情に流されてがちな自分を何度も叱咤した。これが一期上との違いなのだろうか。
「とはいえ、前回の二の舞になるつもりは毛頭ないけど」
 テンテンはそう言うと、不敵に口端を釣り上げる。
「そうだ。綱手さまお墨付きの頭脳を拝借するとしようかな。対砂忍用の仕込みを考えてるんだけどね、軌道計算がちょい甘い気がするのよ」
 ぺらり、と紙を掲げて見せる。それは本選会場の地図で、合間に計算式がちょこちょこと並んでいた。サクラはざっとそれらを眺め、ぽつりと零す。
「問題は、あの風ですよね」
「まあ、結局そこに辿り着くんだけどね。正面からまともに受ける気はこっちもないし。扇子で術を発動した後、一瞬だけ隙があるのよね。残った風圧を計算して背後から攻めようと思うんだけど」
「隙なんて……ありました?」
「癖っていうのかな、それがまだ消えてないみたい。ネジと一緒に戦ってるとね、色々見えてくるのよ。そっか、日向と一緒の任務についた経験ってまだないんだっけ?」
「ヒナタとは同期ですけど、一緒の任務は一度も」
「凄いわよー、あのすべてを見抜く眼は。一緒にやってれば、嫌でも洞察眼が養われるっての」
「それは、本人次第ですよ」
「そう?」
「ナルトの奴、この前の中忍試験はネジさんとやりましたけど、洞察眼なんてこれっぽっちも身についてなかったですし。落ち着きないったらありゃしない」
「ナルト、ねえ」
 懐かしい名前を耳にすると、テンテンは窓の外に目を移す。
 意外性NO1忍者が修行に出て、もう季節がふたつ過ぎた。どこで何をしているのか、全く音沙汰がないと、サクラは時折こぼしている。
 スリーマンセルで残された、たった一人。きっと不安でいっぱいに違いない。もし、自分の元からネジやリーが居なくなったら。そんなこと、考えたくもない。
「もう半年になるわね」
「一体何やってんですかねえ。でもまあ、あいつが帰ってくるまでに私も狙いますよ、中忍」
「お、言うわねえ」
「それぐらいやってやらないと、あいつを守れませんから」
 その顔に、迷いはない。まったく頼もしいものだ。今年のルーキーはつくづく粒ぞろいだと密かに思う。ここは一期上の意地、今回は三人揃って中忍になってやろうじゃないか。
「えーと、サクラ先生。どこか気になるところはありますか?」
「先生はやめてください。えーと、そうですね……雨の場合、これだとキツいかもしれません。仕込みはクナイですよね?」
「そうそう。もう少し重めの得物を選んでもいいんだけど、一番手に馴染むのはクナイかな。慣れてるからね」
「となると、風圧をもうちょっと加味して……」
「あー、なるほど。そうくるか」
 地図の合間に書かれた計算式は膨らみ、次々と条件が足されていく。サクラの性格上、一度手を付けると完璧に仕上げるまで気がすまないのだ。テンテンもまた、その点では負けていない。
 この後、議論はああだこうだと一時間近く続いた。