四. サクラは、家の鍵にキーホルダーをつけている。 それは先日ナルトにプレゼントしたキーホルダーと同じもので、お揃いだということは誰にも言っていない。家の鍵なんて、ポーチから出すとしても家の前、周囲に誰もいない深夜の時間帯と決まっている。 このキーホルダーをつけているのは、意味なんてない。単に、可愛いからだ。ナルトにプレゼントをするなら渦巻きをモチーフにした方が喜ぶだろうなと思ったのだが、一時期の妙木山の修行から、カエルといえばナルトという図式が出来上がっていて、ガマ仙人を自称することも多かった。亡き師匠との一番の結びつきなのだから、妙木山はナルトがひときわ大事にしている場所だ。カエルをモチーフにしたものをプレゼントすると、だからだろう、ナルトは妙に喜んだりする。その姿が可愛らしいからか、後輩から差し入れをされることも多いらしく、カエルグッズが増えているのだと耳にしたことがある。 たかだか、キーホルダー。鍵が通してあるわけだから、じっとしまっておけばいいものを、ナルトは暇さえあればカエルのマスコットをいじっていた。だから、今回の事件の発端は、ナルト側に責任があるとも言えよう。 その夜、上忍待機所に詰めていたナルトが帰宅し、一日中撫で回してたマスコットを取り出して鍵を鍵穴に入れようとすると、入らない。一度眺め回した後、上下を変えてもう一度。だが、形が違う鍵を鍵穴は拒否し、入る気配もない。 「あれー?オレんちの鍵だよなー?」 ナルトは眉を八の字にして、鍵を凝視する。お気に入りのマスコットはついているし、キーホルダーも普段使っているものと同じだ。考えられるのは、誰かが鍵だけを摩り替えた、とかそんな話だ。部屋に忍び込まれたところで、取られても惜しいものは特にない。そこに関しては痛くも痒くもないのだが、この「摩り替えられた」ということが大問題で致命的だった。確かに隙はあったかもしれないが、ナルトとて今は上忍。四六時中触っていたマスコットを掠め取って鍵を差し替えるなんて芸当、相当な手練れでもない限り無理に等しい。 オレは、いつでもどこでもお前から大事なものを盗めるんだぜ。 そんなメッセージすら感じ取れる。この件は、カカシと相談をした方がよさそうだ。放っておけば物騒な事件に繋がりかねない。 その時、カンカン、と踵の高いサンダル特有の足音が聞こえた。他の住人の足音かとも思ったが、ナルトに限って聞き間違えるはずがない。階段を上りきったところで、やはりサクラが肩で息をして立っている。 「あ、任務の呼び出しか何か?でもオレ、今立て込んでんだよな……」 ナルトは弱ったとばかりに顎をこすると、しばし途方に暮れていたが、優先順位はどうせカカシ次第だと思うと気が楽になる。そんなナルトの傍らに、サクラが猛然と走ってきた。 「そういやさ、鍵、摩り替えられたみたいなんだ。狙いはわかんねーけど、そのやり口が、ちと腹立つ。って、サクラちゃん!?」 サクラはナルトが見せた鍵を無言でむんずと掴むと、自分が握っていた鍵を代わりにナルトの手のひらに掴ませる。鍵の交換を終えると、サクラは何も言わずにダーッとナルトの元から走り去っていく。 「何の用だったんだろ……」 サクラから渡された鍵に目を落とすと、カエルのマスコットは、相変わらずの位置にぶら下がっている。ものは試しに鍵を鍵穴に通すと、なんと驚くなかれ、するりと鍵が回るではないか。 「んー?」 首を捻れど、現状がまったく理解できない。先ほど、慣れない頭を使ったので、ひどい眠気が押し寄せる。何がなんだかわからない状況だが、鍵は手元にあるし、詳しい検分は明日にしよう。ナルトはあくびを噛み殺して部屋の中に入ると、すぐに寝支度を整えて、ベッドに寝転がる。ナルトの勘のようなものがピンと働いたのは、枕が頭にぼすんと埋まってからだった。 今日の昼過ぎ、書類の提出と簡単な報告をしに火影屋敷に行ったのだが、向かいからサクラが歩いてくるのに気づかず、忍らしからぬところだが、二人は正面からぶつかってしまった。ナルトはその際、いじっていた鍵をうっかり取り落とし、そのとき確か、カチャン、という音が二回鳴ったように思える。この、二回というのがポイントだ。そして今、サクラはナルトの鍵を強奪し、自分が持っている鍵と入れ替えた。シカマルのように頭がキレるわけじゃなくたって、ここまでくれば誰だってわかる。 サクラとナルトの鍵は、あの時に入れ替わっていた。 ということは、だ。あのカエルのマスコットは、サクラも鍵につけていて、二人はお揃いのものを身に着けているという結論に達する。 お揃い。なんという甘美な響きだろうか。同じ木ノ葉ベスト姿とかそういうレベルではない。ナルトは両手で顔を覆い、布団の上でゴロンゴロン転がって、「お揃いだってばよォォ〜〜!」と、夜にも関わらず天井に向かって雄たけびをあげた。 2015/10/10
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