07.不屈の馬鹿



07.不屈の馬鹿




「あー、こういう時って何て言やいいんだろうなあ」
 修兵は木刀を右手に持ち、十一番隊の道場の前で立ち尽くしていた。
「たのもー、ってそりゃ道場破りか」
 ドドド、と凄まじい足音が近づき、ガラリと勢いよく道場の扉が開く。知った顔の十一番隊の隊員が、修兵の顔を見るなり後方に向かって叫んだ。
「隊長!九番隊からの刺客のようです!」
 隊員の一言に、色めき立つ道場内。
「へ?あの……え??」
 一斉に向けられる飢えた眼差しに、修兵は棒立ちになったまま、間の抜けた声を出す。
「ほう、面白ぇ。十一番隊に喧嘩売るたぁいい度胸だ。気に入った。通せ」
 ぬっと出てくるのは十一番隊隊長、更木剣八。近くに寄ると、霊圧の濃さと強さに飲まれそうになる。威圧されている間に、両肩両腕を他の隊員にがっしりと掴まれ、刺客と勘違いされたまま道場の中央へとずるずると引きずられていった。
「ちょっ!ちょっと待ってください!話を、そう話!阿散井から話聞いてませんか!?」
「話?聞いてねえなあ」
 首を捻ると、更木は嬉しそうに木刀を持ち、中空を斬る。これは完全に間違われている。このままいけば数日、いや数週間寝たきりコースだ。修兵は木刀を床に放り投げ、喧嘩をする意思はないとばかりに両手を挙げた。そして、ちょうど視界に映った斑目一角を捉えると、修兵は縋るように声を上げる。
「一角さん!恋次……阿散井はどこです!?」
「ここに転がってるが、なんか用か」
 半裸の斑目一角が、道場の隅で転がっている塊を木刀の先で示した。特徴的な赤毛と刺青。間違いなく、恋次だ。用も何も、恋次だけが頼みの綱だった。
「そいつに用がありまして、ええ」
「なんだよ、道場破りじゃねえのか。つまんねぇな……。おう一角、阿散井を起こせ」
「ウス。おい恋次、隊長がお呼びだ」
 一角が、恋次の背中を足で突く。反応なし。
「起きろって!」
 足でごろりと背中を転がすと、目が虚ろになっている恋次の顔が見えた。
「もう……一本っスか?」
 恋次は肩で息を吐きながらよろよろと立ち上がると、木刀を手に取り、一角を見る。
「違ぇよ、お前に客だ」
「修兵さん……って、うわ!しまった、話すんの忘れてました……」


話は遡ること三日前。
檜佐木修兵、阿散井恋次、吉良イズル、松本乱菊の四人で飲んだ時のことだ。例によって例の如く、乱菊によってしこたま酒を飲まされた上記三名は、何の話の延長か、己の恋愛観について根掘り葉掘り聞き出され、最後にはイズルの恋愛相談室になった。同期の雛森桃に惚れていることはその場に居る全員に知られるところとなっており、常日頃から発破を掛けられているのだが、どうにも進展は見られない。それどころか雛森は五番隊隊長である藍染惣右介に心酔しており、隊長を守るべく日一日と腕を上げ、こと鬼道に関しては達人クラスの腕前となっていた。そんな雛森をこちらに振り向かせるには、一体どうしたらよいか。乱菊からの助言はこうだった。
 自分より下位の席官なぞ話にならない。仮に同じ地位に立ったとしても、それを凌ぐ力をつけるべく精進せよ。まずはそれからだ、と。
 雛森は現在三席で、次期副隊長への呼び声も高い。吉良は三番隊の四席であり、たったひとつの差でも下位席官。そうか、そうか、と納得したイズルは、僕ァやりますよ!今日も帰って稽古だ!と叫びながら猛烈な勢いで店を出たその翌朝、三番隊の隊舎前で寝転がっているところを守衛に発見された。
 酔っ払いながらの言葉ではあったが、乱菊の助言は吉良だけではなく、修兵にも染みたらしい。翌日、恋次に頼み込み、護廷十三隊きっての戦闘集団、十一番隊に出稽古をさせて貰おうという話になったわけである。


「どうだ?俺らの稽古は。いや、話せるようになってからでいい」
 一角が尋ねるも、修兵は今、話せる状況にない。道場を訪れた際の恋次以上に、修兵は伸びきっていた。
「いや……話には……聞いて……たんスけど……」
 これは相当過酷な稽古だ。まず、休むことを許されない。必ずどちらかが倒れるまで真剣勝負をし、倒れた後も間を置かず次の相手と稽古する。それを四時間ぶっ続けでやるのだ。体力には自信のあった修兵だったが、稽古が終わった後には見事に手も足も動かなくなった。どうやら昼前にも稽古があったらしく、道理で十一番隊の連中は馬鹿みたいにタフなわけだ、と一人納得し、修兵は道場の天井をぼうっと見上げた。
「戦好きの馬鹿が集まってるからな。これしかねえのよ、うちの隊は」
「斬魄刀ひとつで勝負するってのが、ここの流儀みたいですしね」
「ま、鬼道やら白打やらに長けてる奴は他の隊に流れてくしな」
 十一番隊の隊員は皆、刀ひとつに命を預け、己の技を磨くという。そのためには、タフであり続けなければならないのだ。副隊長になってから向こう、書類捌きに追われて鍛錬に対してはすっかりお手すきになっていたようだ。自分を奮起させるいいきっかけになったと修兵は思う。
「いや、でも、すげえ参考になりました。ここらで俺も一念発起しておかないと、と思ってまして」
「まだ上を目指すのか?そりゃ難儀なことで」
 とんとん、と木刀で肩を叩き、一角が笑う。だがそれは、修兵を嘲るようなものでは決してなかった。
「俺も相当な馬鹿なんで、やるとこまでやらないと気が済まないんですよ」
「身体をいじめたくなったら気軽に来いや。うちは歓迎するぜ、その手の馬鹿は」


 馬鹿は馬鹿でも、不屈の馬鹿。
 上を見上げればキリはないが、精進を忘れたらそこで終了。乱菊の背中はいまだ見えず。
 不屈の馬鹿は、上を目指す







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